マルセイユで1月11日、ユダヤ人男性が「イスラム国」に傾倒する若者に刃物で襲われたことを受け、ユダヤ教指導者の一人が、ユダヤ教の円形の帽子「キパ」の着用を控えるよう信者に呼びかけた。イスラム過激派によるテロが相次ぐ中、ユダヤ教徒は信教を隠すべきか、さらにキパ着用が示す意味合いについて、議論が起こった。
マルセイユのユダヤ教長老会議のズヴィ・アンマール議長は12日、「これ以上私たちの誰かが攻撃されてほしくない」と嘆き、「この困難な時代」にはキパを外し「少し自らを隠す必要がある」と信者に呼びかけた。
この発言について、14日付のリベラシオン紙は「隠れざるを得ない?」という見出しで問いを投げかけた。ユダヤ人社会にも、発言は波紋を広げた。フランスのユダヤ人団体の代表委員会CRIFのキュケルマン代表は「ジハディストに勝利させることになる」と反対した。
CRIFによると、ユダヤ人に対する差別的行為は、2014年ごろから増加。12年は105件、13年は423件、14年は倍増し、851件だった。2015年は800件で前年比でほぼ横ばい。一方イスラム教徒に対する差別的行為は急増し、400件だった。
一部の専門家は、ユダヤ人に対する攻撃と、フランス社会の受け止め方の変化を指摘する。近年までのフランスでの攻撃は、単純な人種差別か、イスラエルを非難する攻撃だった。しかし2012年以降のテロ事件では、フランス全般を敵視する人物により、ユダヤ人だけでなく兵士や新聞社などもほぼ同時に攻撃され、ユダヤ人に対するフランス社会の連帯感が高まったという。
その一方、フランスを去るユダヤ人も急増している。ユダヤ人団体によると、昨年イスラエルに移住したユダヤ系フランス人は8000人で、イスラエル建国以来最多となった。イスラエルへの移住者の中では、フランス人が2年連続で最多。治安に対する不安や、イスラエルが欧州のユダヤ人に強く移住を呼びかけたことが影響したとみられる。
オランド大統領は、キパ着用問題に関して「市民が宗教の選択により、身を隠さなければいけないのは耐えられない」と発言したが、事態はやや複雑だ。ラジオに出演したロニ・ブロマン元国境なき医師団会長は「キパ着用は宗教的選択だけでなく、イスラエルという国家に賛同するという政治的選択も表す」と述べ、イスラム教のスカーフ着用とは性格が違うと指摘した。
キパが象徴するものが宗教であれ、政治であれ、現在のフランスで、思想を表現することで身に危険が及ぶことが頻繁に起こっているのが重い現実だ。(重)