ノルマンディーの作家と食 〈1〉

maupassant ノルマンディーの食というと、真っ先に思いつくのはリンゴ。そして、広大な大地で草を食む牛からとれる、新鮮なミルクを使った乳製品の数々だろうか。
19世紀のフランス文学を代表する作家のひとりであるモーパッサンは、ノルマンディー出身。この作家の出世作である『脂肪の塊』(1880)には、リンゴとチーズのみにとどまることのない、この地方の食の豊かさを思わせる描写が出てくる。
物語は、普仏戦争後に敵軍の占領下におかれた町ルーアン、そして、敵から逃れるために旅を決行するルーアン市民の様子を追っている。主人公は、「脂肪の塊」とあだなをつけられた高級娼婦。この時代は食べ物が手に入りにくく、ふくよかな体つきは称賛の的だった。彼女は「肥っているので評判が高く」、その指は「短いソーセージを数珠(じゅず)つなぎにしたよう」で、その顔は「まっ赤なリンゴ」。(水野亮訳)きっと、ぽってりした赤ちゃんがそのまま大人になったような、健康美にあふれた女性だったのだろう。
おいしいものを日常食べ慣れている彼女は、非常事態の旅にそなえて3日分の食糧を用意してきた。「白い布をかぶせた大きな籠(かご)」の中には、「脂肪の塊」の好物がぎっしりと詰まっていた。お酒も4本。しかも、ご丁寧に瀬戸物皿や銀のコップまでがそえられている。パンも大きな田舎パンではなく、「レジャンス」と呼ばれるひとり用の小さなものだ。17世紀に王侯貴族の間で流行ったこの柔らかくて丸い白パンは、マリー・ド・メディシスも「外側は黄金のようで、内側は雪みたいに白い」と言って好んで食べたという。このパンが「レジャンス」、つまり「摂政時代」と呼ばれるようになったのはオルレアン公フィリップが摂政を務めた18世紀前半のこと。「脂肪の塊」は、そんな歴史を知ってか知らずか、どこか彼女自身に似ている高級な丸いパンを、「つつましく」貴婦人のように口に入れるのだった。(さ)