「壁」は昔から世界各地にあった。街や都を守る壁、領土に線引きする壁、そして、20世紀以降は移民流入を防ぐ壁…。昨年12月にカレー港への移民侵入防止のフェンスが作られ、ハンガリー国境で難民流入防止のための高さ4m、長さ179kmの有刺鉄線のフェンス( 写真 )が7月半ばから作り始められたとき、ベルリンの壁崩壊から26年になる欧州で、再び人の往来を阻む「壁」が作られ始めていることに思い至った。
国連難民高等弁務官事務所によると、世界の難民数は2005年頃から急上昇し、14年には5299万人に達した。最も多いのは過激派組織「イスラム国」との戦闘が続くシリアで1170万人、そしてコロンビア( 640万人 )、イラク( 410万人 )、アフガニスタン( 358万人 )、コンゴ、スーダン、ソマリア、パキスタンと続く。1990年から2015年8月までの間に、中東難民を多く受け入れているのはトルコ(194万人)、レバノン( 111万人 )、ヨルダン( 63万人 )などで、欧州に流れる難民は世界の難民の6%( 2014年末 )にすぎない。今年1月から5月までの難民申請数では、シリア人が18.5%、コソボ人15.9%、アフガン人10%、イラク人5.2%だが、未申請の人も含めると、6月以降はさらにシリア人が増えているとみられる。難民申請はドイツが圧倒的に多く、2015年だけで80万件と予測される。
ル・モンド紙9月4日付報道の国際移住機関統計によると、地中海を渡って欧州入りした難民は今年1月以降35万人。ギリシャ・トルコ間の陸の国境が封鎖されているため、海からギリシャに入る人が23万4778人。そこからマケドニア、セルビアを越え、シェンゲン圏内のハンガリーからオーストリアを通ってドイツやスウェーデンを目指すバルカンルートだ。もう一つはリビアからイタリアに入るルートで11万4276人。
難民の受け入れをEUで割当制にすべきというユンケル欧州委員長の案にはハンガリー、チェコ、スロバキアなどがこぞって反対したが、ドイツ国民の「難民を受け入れよう」という声を背景にメルケル首相が8月31日にEU諸国に連帯を呼びかけ、消極的だったオランド大統領も9月3日に同意。
中東における英仏などの旧植民地政策が残した傷跡は深く、その影響は現在まで続いている。世界中の人々の往来がますます盛んになっているにもかかわらず、異質な他者を阻む「壁」があちこちに出来ているのはなぜだろう。移民排斥を唱える極右だけでなく、「壁」はわたしたちの心の中にも潜んでいるのかもしれない。(し)