しょっぱい音符 5月15日号

終わったら、2015年は、(また)カブレルの年だった、と言われるはず。
 フランスに住む私たちには、アジャンと言えばすぐにプリュノー(干しすもも、ドライプルーン、かつては健康食品のホームラン王)が頭に浮かぶだろう。オクシタニアの国、南西フランス、ロット・エ・ガロンヌ県のこの一面にすもも樹園のひろがる町アジャンに生まれたのがすもも太郎、ではない、フランシス・カブレルである。
 当年61歳のシンガー・ソングライターで、6年ぶりに13枚目のオリジナルアルバム
 『イン・エクストレミス(いまわの際に)』
を4月27日に発表したばかりで、5月6日現在の数字で発売1週で11万枚近く、2015年最高の売れ行きなのである。つまり、レ・ザンフォワレ2015、ルアンヌ( 映画『ラ・ファミーユ・ベリエ』。6月来日予定)、M・ポコラよりも売れている。驚異。商業的なところなどなく、それほど取っつきやすい作品でもない。それでもカブレルのアルバムは80年代からチャートのトップになることになっていて、その前のオリジナルアルバム
『バラと棘(Des Roses et des Orties)』は2008年に75万枚を売り、その年フランス最高のヒットアルバムとなった。このCDの売れない時代に、である。

 イタリア系移民のつましい家庭の子としてアジャンに生まれたフランシスは、13歳の時にボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」をラジオで聞き、雷光のようなショックを受ける。伝説ではカブレルはディランの全レパートリーを暗記していると言われるほどのファンであり、2012年にはディラン作品のフランス語カヴァーアルバムを発表している(これがカブレルにしては例外的なセールス不振という皮肉)。アコースティック・ギターでディランの歌とスタイルを徹底的に自分に血肉化するという少年時代だったようだ。後年にカブレルの歌で指摘される独特の抑揚(TVカナル・プリュスの 「ギニョール」でもよくパロディーのタネになった)は、ガスコーニュ訛りに由来するという説もあるが、明らかにディランの独特のイントネーションの影響である。このディランの時々しゃくり上げるような歌い方に「彼は子供の頃に大変な泣き虫だったのだろう」という説明をする人がいて、私はその説をかなり信じている。
 ディランに心酔することは、ある種の反抗性も伝染させられることであり、それが過ぎて17歳でリセを退学させられる。やむなくアジャンの靴屋の倉庫係で働くが、倉庫棚の間に隠れて作曲して、見つからないように靴箱の中に譜面を貯めていったと言う。21歳の時、地方ラジオ主催のコンテストで注目され、その時に歌った 「プティット ・マリー」という曲でレコード会社CBSと契約してデビューする。
 デビューの頃は長髪・口ひげ・ガスコン訛りで、およそスター性とは縁遠い歌手であったが、80年代からトロバドール的な叙情性(オクシタニアの伝統の女性崇拝)、ジョルジュ・ブラッサンス的な風刺性、J. J. ケールやジャクソン・ブラウン風な米フォーク・ブルースのサウンド、大地の香りを伴う訛りと深みのあるヴォーカルで確固とした人気を獲得し、常にチャートの上位にあるメジャー・アーチストになった。
5年に1枚のペースでアルバムを制作し、89年のアルバム『サラバカーヌ』以降は、出すアルバムすべてが初登場1位となって、ウィキペディアによると今日までの累積売上枚数は2千万枚を超えている。

 アジャンに近い人口2千人の町アスタフォールに居を構え、めったにパリに出てこない。録音も自宅スタジオでしてしまう。アスタフォールでは市会議員を2期務めるなど、地域住民としての活動に積極的
だ。世界でも稀な美と快適さの環境に包まれているのに、どうしてパリに移住する必要などあろうか、と彼は言う。

 2015年100%アスタフォール産のアルバムを携えてカブレルが帰ってきた。そのタイトル ”IN EXTREMIS”(いまわの際に)を見て、多くのファンたちはこれが最後のアルバムか、と思ったはずだ。TVフランス5のアンヌ=ソフィー・ラピックスの番組に出演したカブレルが「これが最後ではない」と言明したので、番組出演者たちが胸をなで下ろすというシーンがあったが、それでも自分の緩やかな引退の花道は準備しているとも言った。91歳でさよなら公演ツアーを続けているアズナヴールのようなことはできない、と。
 新作はカブレルがまだ言いたいことがあるからできたものだが、かなり政治的で辛辣だ。第1曲目から「鉄のように固い」政治信念を標榜するあらゆる政治家たちの二枚舌を糾弾し、3曲目「隣りの国」では戦渦の黒雲に覆われた隣国の悲劇への無関心を嘆く。自分史(売れないロック歌手、反戦運動、家庭と子育て…) に並行する、
27年間マンデラは牢獄にいて来るべき社会のための闘いを続けていたと歌う「その時マンデラは」(8曲目)。標題曲「イン・エクトレミス」は南西フランス・オクシタニアの言語であるオック語に関する歌。その人々がどこから来たのかを伝える言語をフランス語が抹殺した。今、フランス語は数世紀前のオック語と同じ危機にある、とカブレルは警告する。変わったところでは、敬愛するディランやレオナード・コーエンのように初めてイエス・キリスト賛美の歌も入っている(6曲目 「各々の心に」)。しかし,久しくなかったラヴソングも2曲ある。特に6カ月昼夜かけて書き上げたという2曲目「二人が交わす愛のたびに」は深い。  
  
  僕たちが交わす愛のたびに
  僕はきみの抱擁の中に溺れる
  きみの谷、きみの畦道、
  きみの不思議な迷宮の中に
  きみの神秘的なうめき声の中に

  この愛があれば「世界は静かに眠ることができる」と歌は結語する。
 フランスの大衆は正しい。このようなアルバムを迷わず一位にしてしまうとは。年が暮れ、ああ、2015年はやっぱりカブレルの年だったと言われることになる。それは正しい。
 文末で失礼だが、参加ミュージシャンのうち、長年ベーシストでカブレルをサポートしているのは日本で大変評価の高いプログレッシヴ・ロックバンド、マグマにいたベルナール・パガノッティ。彼と日本人の奥様の間に生まれたロック・アーチストのヒミコ・パガノッティもヴォーカルで参加している。
リスペクト。

文・向風三郎