ナターシャ・ニジック展。 

 今秋開幕した展覧会のうち、一番新鮮だったのがナターシャ・ニジック(1967-)のビデオアート展だ。会場には、福島を2013年に撮った作品、2008年に起きた宮城・岩手内陸地震の爪痕(つめあと)を撮った作品、人の手の日常の動きを追った作品など、6点が展示されているが、面白さで群を抜いているのが、『Andrea en conversation(話すアンドレア)』だ。
 アンドレアはドイツ、バイエルン地方に住む32歳の既婚女性で3児の母。2006年、オーストリアのモントゼーでのシャーマンの講演会に行くことをすすめられた。興味がなかったが、娘もすすめるので行ってみた。そのとき韓国の人間国宝であるシャーマン、キム・クンファから「シャーマン病にかかる」と言われ、シャーマンのイニシエーションを受けることをすすめられる。厳格なカトリック家庭に育ったアンドレアにとって、韓国、さらにシャーマニズムは遠い世界だった。しかし、婦人科でがんを宣告され、動揺する。そして悩んだ末、韓国に行く決意をする。行く直前に娘がけがをするという事故があり、韓国行きが頓挫(とんざ)しかけたが、それでも行き、イニシエーションを受けた。帰国後、がんが治っていることを期待したが、病状は進んでいた。内なる声に耳を傾け、自分が本当に何を望んでいるかを感じ、最終的に手術を受けることにした。5カ所に置かれたビデオ画面の一つで、アンドレアはこのことの経過を説明している。
 こうして、初のヨーロッパ人韓国シャーマンとなった。もう一つの画面に、確認のテストを受ける場面がある。シャーマンの衣装を着て、刃の上に立つアンドレアから韓独の文化の違いは感じられない。ニジックは韓国からシャーマンを呼び、ドイツで儀式を行ってもらったという。事故で脳を患って亡くなった兄との交流を語る場面では、アンドレアの精神世界が感じられる。  
 唯一アンドレアに直接関係がないのは、バイエルン出身の僧が1927年に撮った韓国の人々のドキュメンタリーである。バイエルンと韓国のつながりがこの時代からあり、アンドレアは集合意識の記憶の中から出てきた人であることを暗示しているかのようだ。(羽)
Jeu de Paume : 1 place de la Concorde 8e
(チュイルリー公園内)1月26日迄(月休)。
画像:Natacha Nisic «L’Île des morts, extrait de Andrea en conversation»  
2013  Vidéo HD, couleur, 2 min 41 Courtesy Galerie Florent Tosin, Berlin © Natacha Nisic 2013

Natacha Nisic, Echo



 

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