最新作『風立ちぬ』は「零戦」の設計者、堀越二郎の半生を描く。幼い頃から空に憧れ飛行機作りを夢みた二郎少年が、夢の実現に立ち向かう物語だ。大学生となった二郎は、田舎から東京の大学への帰路、車中で関東大震災に遭遇、その時一人の少女を助ける。この少女が後に二郎の妻となる菜穂子だ。二人の恋愛は、堀辰雄の小説『風立ちぬ』から発想されている。結核を抱えながら二郎の心の支えとなる菜穂子の存在は潔く爽やかに、生きることの尊さを伝える。ヒコーキ馬鹿 (?) と言えるほど、とにかく機能的で美しく飛ぶ飛行機の設計に全てを捧げる二郎の情熱は、ついに「零戦」という名機を生む。しかし歴史はそれを殺人機に使った。「零戦」に乗った飛行士と製作者二郎の微笑みが交差する時、その後の歴史を知る私たちは涙を禁じ得ない。科学者・技術者の純粋な情熱が結果として生む悲劇。もし彼らがそれを知っていたなら開発を止めるべきだったのか?というのは人類の命題とも言える。
日本では公開後5週間連続トップで動員600万人に迫る。一方で戦闘機の作者を全面的に肯定する本作に、戦争を肯定しているという批判の声も上がっている。特攻兵側の人生も平行して描くべきという声も聞かれる。しかし、宮崎駿はそんな一枚岩で平易な反戦映画にはしなかった。もっと深い人間の営みと人類の功罪を問うているのだと思う。
東北地方太平洋沖地震以降の日本、経済危機からアベノミクス、そして経済格差社会、同時に好戦的な右翼思想の台頭、今、この時に贈る宮崎駿の渾身(こんしん)の作だ。(吉)