『三銃士』の主人公、田舎貴族のダルタニャンはフランス南西部ガスコーニュ出身。老いた馬にまたがった若者は、立身出世を夢見て上京する。そんな彼がまず会いに行ったのが、トレヴィル殿。ダルタニャンと同郷で、「一文なしで、ただ勇気と機知と分別を資本にして郷里を出て来」(生島遼一訳)て、ルイ13世からひとかたならぬ信頼を受けるまでになった人物である。同郷のよしみもあり、ダルタニャンはトレヴィル殿の元で出世の第一歩を踏み出す。
フランス南西部といえば、今こそ高級ワインやフォアグラの産地として名を馳せているけれど、17世紀当時はパリから遠く離れた貧しい一地方にすぎなかった。それだけに、パリで苦労する者同士の連帯感は強かったようだ。ダルタニャンが都合が悪くなると駆け込むのは、同郷の僧侶の家だった。パリで出会って友情を誓い合った三銃士と一緒に「チョコレートの朝食」に呼ばれたり、トラブルに巻き込まれて家に帰るのが危険となると、ここで晩ご飯を食べたりした。中世の僧院でのご馳走ほどじゃないにせよ、きっと、テーブルの上には、心と体の栄養になるものが並んだに違いない。
デュマの著した『料理大事典』によると、チョコレートをフランスに持ちこんだのは、ルイ13世の妻になったスペイン王の娘アンヌ・ドートリッシュ。新しくもたらされたこの食物は、修道士や女性たちを瞬く間にとりこにした。デュマ本人もチョコレートの愛好家。この事典の「Cacao」の項では、カカオの木についての説明、カカオ豆の焙煎やカカオ・ペーストの作り方が述べられ、最後には「パリ式の」ヴァニラ風味の板チョコの製造法までが載っている。好きなものを貪欲なまでに追求する著者の性格は、こんな所にも表れている。(さ)