「完成時に何が得られるかが、制作の初めからわかっていなければならない」と いう「スタイン家の冒険」展(本紙2011年12月1日号)で見たマティスの言葉を、ホントかな?と思っていた。というのは、前に描いた線が消されているのがわかる絵がたくさんあるからだ。試行錯誤しながら描く様子が目に浮かぶ。最初の予定から違う絵になったのではないかと思える作品も多々ある。
一見すると、感覚に導かれるままに一気に描く画家のように見えるが、マティスは、頂上を目指して一歩一歩確実に登っていく山羊座(12月31日生)そのものの、地道な努力の人である。
マティスは、制作の前段階として、いつも完成品と同じサイズの絵を描いた。この展覧会では、世界中の美術館にあるそれらの作品が集められた。制作当時の状況が甦る。同じ時に制作された同じモティーフの作品を見比べるのが面白い。
2枚ずつ並べて展示してある中で、非常に違うのが、1914年制作の『ノートルダム Notre-Dame』と『ノートルダムの眺め Vue de Notre-Dame』だ。『ノートルダム』は水彩のように淡い風景画で、セーヌ川に掛かる橋も、ノートルダムも街路樹もはっきりそれとわかる。「眺め」は全体が青のニュアンスで描かれ、青、白、緑、黒の4色しか使われていない。ノートルダムは窓のようにも見え、建物かどうかもわからない。橋もセーヌも、2本ラインのみで表現されている。青の下から何本もの消された黒い線が見える。ノートルダムの脇の木の緑がアクセントになった、épuré(純化された)という表現がふさわしい抽象画だ。
最後に得たいものは見えているが、それになかなか到達できないから試行錯誤を繰り返す。マティスはあえてその過程を見せたかったのではないか、と展覧会を見進むうちに思えてくる。
マティスは「仕事のときは、決して考えようとはしていない。感じ取ろうとしている」と言っているが、少なくとも絵筆を持っていないときは、非常に熟考していた人だ。展覧会後半に出てくるシリーズになった作品が、如実にそれを物語っている。1945年のマーグ画廊での展覧会の再現では、絵の周りに、絵に至るまでの制作過程の写真が展示されている。(羽)
ポンピドゥ・センター:6月18日迄。火休。
写真:
Vue de Notre-Dame Paris, quai Saint-Michel, printemps 1914
The Museum of Modern Art, New York
Acquired through the Lillie P. Bliss Bequest, and the Henry Ittleson,
A. Conger Goodyear, Mr and Mrs Robert Sinclair Funds,
and the Anna Erickson Levene Bequest given in memory of her husband,
Dr Phoebus Aaron Theodor Levene, 1975 ©Succession H. Matisse