ストラヴィンスキーのカンタータ『Noces 結婚 』を上演する過程がつづられる同名映画、と書くと味気ないが、これがすごい掘り出し物。
レマン湖の夢のように美しい風景の中で再会する女優(ドミニク・レイモン)とオーケストラ指揮者(ミレラ・グラルデリ)、その様子をカメラに収めているビデオ作家の若い女性。三人は『結婚』の歌詞をロシア語からフランス語に翻訳したシャルル=フェルディナン・ラミュの著書『ストラヴィンスキーの思い出』 を読んでいる。やがて彼女たちの周りに、歌手やパーカッショニスト、ピアニスト、コーラスの人たちが一人、二人と集まって来て練習規模が徐々に大きくなって『結婚』が肉づいてくる。楽器を奏でる身体、歌唱する身体が弾ける。ストラヴィンスキーは「音楽は身体から発散されるもの。まず身体ありき」というようなことを言っている。そんな彼の音楽の魅力を、本作は映画表現をフル回転させてめいっぱい伝え、私のような音楽音痴をさえ虜(とりこ)にする。視力と聴力の融合で生まれる魔術がこの映画にはある。どこかで既に見たようなショットや演出が一つもなかったような気がする。凝ってエステティックでポエティックなショットは官能的で、ちょっとレオス・カラックス『汚れた血』を初めて観た時に似ためまいを覚えた。
ストラヴィンスキーは「音楽を聴くためには音楽を見よ」とも言っている。この映画はそれを実践して、音楽を映画で表現してみせた傑作だと思う。ちょっと褒めすぎかなぁ?
監督のフィリップ・ベジアは2009年にはドビュッシーのオペラ『ペレアスとメリザンド』を映画化しているが、いわゆる音楽映画(主が音楽で映画は従となる)とは一線を画し、音楽と映画を融合させて一つの映画作品として完成させることに成功していると思う。(吉)