本書は、数年前に初版が出版されたエッセーの文庫版だ。 フランス文学を研究している人はすぐわかるだろうが、Jean-Yves Tadieといえば、プレイアード版の編纂も担当したプルーストの研究者。そして弟のMarc Tadieは、ビセートル病院の神経外科医。このタディエ兄弟が本書で試みるのは、記憶についての考察だ。 人間を人間たらしめるものである記憶。まず、プラトン、アリストテレスからスピノザ、ディドロ、そしてベルグソン、フロイトなどの哲学的考察を通して、永遠なる記憶への問いが提示される。そして、機能性神経解剖学によって現在明らかになっている脳の仕組みと機能が解説される。 この最初の2章、理系の人には哲学的考察、文系の人には医学用語のせいで多少取っつきにくいかもしれない。しかし、記憶に関わる様々な問題や現象は、文学テキストの引用によって、また記憶と関わる病気(アルツハイマーや記憶喪失)は具体的な病例によって明らかにされている。そして医学的記述と文学テキストによる現象の描写は絶妙に交差する。 引用されている文学テキストはプルーストだけではない。モンテーニュ、シャトーブリアン、シュペルヴィエル、『星の王子さま』、そして清少納言、谷崎潤一郎、等々。記憶の問題の普遍性が感じられる−記憶する過程における感受性や感情の役割について、忘却のメカニズムについて、記憶における想像力の介入について、記憶と五感の関係について、幼児期、胎児期から死の瞬間までに記憶が個性の生成に関わる役割についてなど。 記憶について、人間について、知識と考察を深めたい方へ。(樫) |
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