アメリカ人マチュー・バーニー(1967-)の5本のフィルムシリーズ “Cremaster Cycle” が、パリ市近代美術館で上映されている。
彼の創造の出発点は「肉体」そのものだ。それは学生時代にプロの陸上選手として肉体の限界に挑戦してきた経験が原点である。バーニーは、胎児の性器が未形成の受精後6週間までの性未分化状態と、男性として分化した自分自身に注目し、可能性を秘めた未分化の状態と「クレマスター(睾丸の昇降を司る精巣挙筋という筋肉)」が支配する上昇・降下のイメージを作品の鍵とした。Cremaster 1は上昇、3は平衡、5は降下として位置付けされているが、これで終結するのではなく、5本の作品は互いに繋がり、有機的な昇降運動を永遠に続けていく。
映画とも舞台劇ともいえる演劇空間に、SF、ホラー映画、ミュージックホール、ギリシャ神話、心理劇、オペラなどのエレメントが複雑に絡み合う数々の逸話。バーニーを中心とする登場人物たちは人間でも動物でもなく、未来にも過去にもなく、時には性別不明の生き物となる。処女性/セックス、お伽噺/暴力、洗練/未完成のあいだを疾走する奇妙な空間。そこに共存するのは、蜜蝋、ワセリン、塩、タピオカ、樹脂、セメントなどでつくられたオブジェだ。これらの立体作品やスチール写真、デッサンなども同時に展示され、フィルムの中の空間が再現されている。
自己の肉体を使い、ディテールに偏執的にこだわり、莫大な費用をかけたプロジェクトは確かに高い完成度を誇っている。しかし皮肉なことに、それがかえって作品の可能性をプラスチックの箱に閉じ込めてしまったかのようで残念だ。
バーニー・ワールドは映画やテレビでお馴染みの不思議な世界を器用にパッチワークした究極のビデオクリップに似ている。陸上選手の鍛え上げられた精神力と合理性は大プロジェクト実現の原動力になっているだろう。しかし「未分化」というテーマが持つ曖昧さに足枷をかけ、寸分の迷いもない確固たる「未分化」に仕上げてしまった。ブニュエルやリンチの映画のような曖昧さが引き起こす不安はそこには感じられない。とはいえ新世代の強力なエネルギー、バーニーの今後の作品には大いに期待したい。(仙)
パリ市近代美術館: 11 av. du President-Wilson 16e(月休)1月5日迄
Christian Schad展
1920年代のドイツ芸術を代表するアーティスト、クリスティアン・シャート(1894-1982)のフランスで初めての回顧展。
第一次大戦直後、特に絵画や写真の分野に現れた新客観派のリアリズムの流れは、うわべだけの観念的な表現主義や、時代遅れのキュビスムや構成主義を出所とする空虚な形式主義を拒否するものだった。同時期に生まれた現象学が唱える “事象そのものへ” と同様に、新客観主義は目的を失った世界に生きる個々の立場を定義し直すものであった。それは、画一化された社会に組み込まれたり、大衆に飲み込まれてしまうのではないかという、当時の人々にのしかかる不安の表れといえるだろう。
絵画、デッサン、版画、フォトグラムなどの作品は、表現主義、未来派キュビスム、実験的なダダイスム作品を経て、1920年以降の彼の仕事の頂点ともいうべき絵画へ。1915年から1930年までの作品が並んでいる。中でも20年代に描かれた肖像画が放射する魅力には、鑑賞者の誰もが心を奪われてしまう。彼の技術の正確さ、的確さは、幾度となく足を運び、影響を受けたというローマやナポリのかつての巨匠たちにも値する。彼の絵に冷たく澄んだトーンを与える、感情を打ち消すような距離のある冷静なまなざし。フォルムと輪郭線の明確さと厳密な色使い。非現実的で魔術的なシャートの絵画は、どこか70年代アメリカのスーパーリアリズムを思い起こさせる。(マルク)
Musee Maillol: 59-61 rue de Grenelle 7e
(火休)2月14日迄
●Frantisek BILEK(1872-1941)
19世紀末のチェコで象徴主義の中心的存在だったビレック。彫刻、版画、イラストレーション、建築、家具デザインなど、様々な分野に才能を発揮した総合芸術家の作品。2/2迄
Musee Bourdelle:
18 rue Antoine Bourdelle 15e(月休)
●Robert VAN DER HILST
<Intetieurs cubains>
キューバ東部の小さな村、バラコアの住民と家。マイアミに移住したキューバ人コミュニティー〈リトル・ハバナ〉の人々と家。オランダ人写真家が、彼らの生活、気候、色をとらえる。12/15迄(月休)
Institut Neerlandais: 121 rue de Lille 7e
●Juan RULFO(1918-1986)
メキシコで最も重要な小説家のひとりが遺した6000点の写真から。メキシコの風景、顔、光、時間。1/9迄
Maison d’Amerique latine:
217 bd St-Germain 7e(日月休)
●Pierre SOULAGE(1919-)
実在イメージを捨て、色彩、材質、形態だけで絵画空間をつくり上げてきたスーラージュの近作。光り輝く黒と白。画面を横切る緊張した線。2/15迄
Galerie Karsten Greve:
5 rue Debelleyme 3e
●James NACHTWAY
1992年南アフリカの暴動、1994年ルワンダの虐殺、1996年アフガニスタンのタリバーン政権確立、1996-96年チェチェンへのロシア軍侵攻、2001年ニューヨークの9月11日、2001-02年アメリカ軍のアルカイダを標的としたアフガニスタン攻撃。戦争を記録する写真家の過去12年間の貴重な仕事。3/2迄(月休)
国立図書館: 58 rue de Richelieu 2e
●Francis PICABIA(1879-1953)
「芸術家に騙されてはいけない。芸術作品は芸術家によって作られるのではない。人間によって作られるのだ」。人を引き付ける強烈な個性と、皮肉で暗いペシミズムを合わせ持っていたダダイストの中心的存在、ピカビアの大回顧展。3/16迄
パリ市近代美術館:
11 av. du President-Wilson 16e(月休)
●<Ce qui arrive>
自然災害、ロケットやビルの爆発事故、ごく些細な事故から大災害まで、ビジュアルアーティスト、建築家、映像作家らが現代のあらゆるアクシデントを提示する。技術的発展やグローバリゼーションと引き換えに、私たちが直面している状況とは? 3/30迄(月休)
Fondation Cartier: 261 bd Raspail 14e