日本生まれのフランス語
日本からフランスに人がやってきて、モノが入ってくる。そうした物理的移動だけではなく、フランス語の語彙に入った日本の言葉から、日本文化がフランス社会に浸透したことが「客観的に」確認される。言葉は、人やモノの移動・受け入れを反映しているのだ。
六万語収録の一般的辞書「Petit Robert」の六十数語、つまり千分の一は、日本語からできたフランス語である。(というのは、多いのか少ないのか?)とにかく、史上初めて日本語がフランス語になったのは、一六世紀。ポルトガル経由で、ラテン語文献に表記された「obi」(1551)や、「gimon, quimon」とポルトガル語での「gui-mao」を表記した言葉が始まりだ。一九世紀末には、Pierre Lotiの「Madame Chrysantheme」に代表されるように作家、芸術家の間に初の日本ブームが起こった。第二次大戦後は「kamikaze」(1950)がフランス語となる…。そして、七〇年代、日本レストランとともに日本料理の言葉が…。
以下、いくつかの言葉の定義を日本の辞書とフランスの辞書から見てみよう。いかに言葉が、別の言語体系の中で意味を変えているかがわかるだろう。なお、特に注釈がない場合、いずれもCD-ROMで、日本語辞書は「大辞泉」、フランス語は「Petit Robert」を用いた。
げい‐しゃ【芸者】:
1/歌舞・音曲を行って酒宴の席に興を添えることを職業とする女性。 2/遊芸に秀でている者。 3/芸能を職業とする者。役者。 4/遊里などで、酒宴に興を添える男。男芸者。太鼓持ち。幇間(ほうかん)。
GEISHA : 「最初は「gueicha」(1887, Loti)と表記されていたが、「geisha」(1899)と改められた。」仏辞書でも1/の意味は同じとしても、「Dictionnaire historique de la langue francaise」(以下DH)では「仏語では、間違って娼婦と一様にされ、淫猥な意味がしばし与えられる」と加えられている。
むす‐め【娘】 :
《「生(む)す女(め)」の意》 1/親にとって自分の子である女性。 2/息子。 3/未婚の若い女性。おとめ。また、処女。きむすめ。
[「大字源」より](解字)会意。意符の女(おんな)と、意符の良(よい、うつくしいの意)から成る。美しい少女の意。もと、美しい女子の意を表し、特に男が女を呼ぶ愛称に用いた。
MOUSME mousmee) : フランス語では、「jeune femme, jeune fille」という定義が共通しているものの、「美しい」というのは暗示的意味で「日本人女性のように美しい」という意味?最初の用法は、Pierre Lotiの「Madame Chry-santheme」で、後にプルーストも使った。DHでは、「俗語用法では、軽い女性、愛人のことをさすときにつかう」とあるものの、Hachetteの「Dictionnaire du francais non conventionel」では、「現代の用法では、若くて美しい娼婦を指すときも、蔑視的ではない」となっている(!?)。また表記も「musume」ではなく、フランス的に「う」の音が「ou」となり、「え」が「ee」となっているのも数少ない女性名詞だから?
すり‐み【×擂り身】: 魚肉に食塩を加えてすりつぶしたもの。つくね・かまぼこ・ちくわなどにする。
SURIMI : 「魚をすりつぶしたものに味を付け、押し出して、色を付けた、蟹やエビなどの代用食」
さし‐み【刺(し)身】: 新鮮な魚介類などを、生のまま薄く小さく切り、醤油・わさびなどをつけて食べる料理。おつくり。つくりみ。
SASHIMI :フランス語でもほぼ同じ定義。添え物に「酢漬けにしたショウガの薄切り」(DH)とあったりするのは、「がり」?さらには、「目を喜ばせるように盛りつけ
られる.」(DH)というのは、やはり日本レストランでしかお目にかかれないせいか?
すし【×鮨・×鮓・△寿司】: (フランス語の定義もそう変でははないが、日本語の定義のおさらい。)
《形容詞「酸(す)し」の終止形から》1/塩をふった魚介類を飯とともに漬け、自然発酵によって酸味を生じさせたもの。熟(な)れずし。生熟れ。2/酢で調味した飯に、生、または塩や酢をふりかけた魚などの具を配した料理。握りずし・散らしずし・蒸しずしなど。酢は暑さに耐えるので夏の食品とされた。
どうも、女性と食べ物の話しばかりになってしまったが、言葉の意味というのはその話される環境と共に変わっていくものだ。そのへんは日本女性と日本レストランに任せるとして、本文は「クール」に締めよう。
21世紀に向けて取り入れられそうな日本語は「Zen」だろう。数ヶ月前も某デパートがそんなタイトルでイベントしていたが、この言葉ももちろん、「禅宗」という意味から離れて、新たな意味を持ってきている、特に形容詞用法として。その定義はZazie(フランスのポップ歌手)のアルバム「Zen」のタイトル曲がよく示していると思われる。
soyons zen. du sang froid dans les veines.
soyons zen. plus de chocs a la chaine.
zen, restons zen.
du calme a la vie comme a la scece.
sans amour et sans haine… zen.
restont zen.
(岳)