
5月の風物詩、カンヌ映画祭(5月13日〜5月24日迄)がいよいよ開幕に。毎年カンヌ駅を降りると、夏を先取りした熱気に包まれるが、今年の体感気温はやや低め。今週の天気予報で雨マークをいくつも見たが、映画祭の主役のレッドカーペットや、5月20日夜に押井守監督『天使のたまご』が上映される浜辺の野外上映 Cinéma
de la Plage のためにも、天気の崩れが心配だ。

初日午後には恒例の審査員記者会見があった。審査委員長ジュリエット・ビノシュを筆頭に、昨年『私たちが光と思うすべて』でグランプリを受賞したインド人監督パヤル・カパーリヤー、アメリカ人俳優ハル・ベリー、イタリア人俳優アルバ・ロルヴァケル、メキシコ人監督カルロス・レイダガス、韓国人監督ホン・サンスら、国際色豊かなアーティストが揃った。昨年のグレタ・ガーウィグに続き、女性の審査員長は2年連続に。カンヌで女性が重要な地位に就くのは、もう全く珍しいことではなくなった。ビノシュは40年前にアンドレ・テシネ監督の『ランデヴー』でカンヌに参加したことに触れ、感慨深い様子であった。
とはいえ、開幕直前には映画関連で様々なニュースが飛び交い、審査委員長は就任早々、難しい質問に直面することにもなった。
同日朝、カンヌでは『シラノ・ド・ベルジュラック』(1990年)で最優秀男優賞を受賞し、“聖なる怪物”の異名を持つジェラール・ドパルデューが、撮影現場での性暴力の罪で、懲役18カ月の執行猶予付き有罪判決が下されたばかり。これに関する質問の矢が飛んだが、ビノシュは、「彼は怪物ではなく、司法によって神聖性が剥がされたひとりの人間」と持論を展開。俳優を特別視する傾向に疑問を呈した。
実は前日、フランスでは往年の女優ブリジット・バルドーによるBFMTVのインタビュー(上のビデオ)が放映されたばかり。これがやはりと言うか、歯に衣着せずのバルドー節が話題となっていた。ドパルドュー擁護派の彼女は、フェミニズムについて、「私の趣味に合っていない。私は男性が好き」と一蹴。現代映画については、「醜いし、夢を見させるものでない」と断罪。バルドーにとって、映画はあくまで「特別な人」によって作られ、観客には夢を見させるべき芸術なのだ。時代を挟んで活躍するフランスのトップ女優の感覚が正反対なのは、あらためて興味深く感じた。
また、カンヌの開幕に合わせ、世界の映画人たちが発表した声明についても質問が及んだ。これは仏リベラシオン紙に掲載されたもので、デヴィッド・クローネンバーグ、グザヴィエ・ドラン、リチャード・ギア、ペドロ・アルモドヴァル、ヨルゴス・ランティモスら380人が、ガザへの連帯を呼びかけたもの。見出しは「カンヌにおいて、ガザの恐怖を沈黙させるべきではない」とある。
署名者の名前を細かく調べたジャーナリストは、ビノシュを指名し、「なぜあなたは署名をしなかったのか」と問い詰める一幕も。ビノシュは「もう少し後に理解してもらえるかも。今は答えられない」と、直接的な答えは避けた。(とはいえ、その数時間後の開幕セレモニーで、ガザの攻撃で命を落としたACID部門のドキュメンタリー映画『Put Your Soul on Your Hand and Walk』に出演のパレスチナ人ジャーナリスト、ファトマ・ハソウナにオマージュを捧げたので、それがビノシュなりの回答だったのかもしれない)
いずれにせよ、吊し上げ裁判に似た質問の仕方は、少々後味が悪かった。カンヌの審査委員長は華やかな任務であるが、同時に、重い責任がのしかかり、気苦労も多い仕事なのだろう。(瑞)
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