1975年、「若気の至り」で日本を飛び出してパリにやってきたという抽象画家・トモコ・カザマ=オベールさん(77)は、その1年後に今のご主人と出会い結婚。フランス国籍を得た。以降47年にわたり、フランスを中心としたヨーロッパで創作活動を続けている。
O : フランスにいらっしゃったきっかけは?
T : 1974年に行ったエジプト旅行の帰りに、突然パリに寄ると知らされたんです。それまで私は現代アートの本場ニューヨークに惹かれていたので、古臭いイメージのパリにいくのは気が進まなかっんですけれども、実際に来てみたら、なぜだか「この街は私を裏切らない」と思ったんです。誰が来て何をしても邪魔されないような安心感というのでしょうか。それで日本に戻ってから1年後に、全てを投げ出してパリに移り住みました。日本には婚約者もいたんですけれどお断りして、妹以外は、家族にも黙ってトンズラしてきました!若気の至りですよ!それが人生を変えるエネルギーでもあるんですけれどもね。
O : 当時、パリではどんな暮らしを?
T : 語学学校に通いながら絵を描くという生活で、最初の1年だけは妹が経済援助をしてくれることになっていました。そのお金で小さなワンルームを借りて、食事は水とパンと缶詰のイワシだけみたいな毎日。2年目からは、レストランでアルバイトをしたり、ベビーシッターをしていた住み込み先でいただくお手当で、絵を描くための紙を買っていたんです。通っていたデッサン教室では、周りの生徒が床に落としたコンテの小さな欠片を拾って使っていました。展覧会もしましたよ、お金はなかったですけれど。数ヶ月ごとの学生ビザの更新時期には預金残高証明が必要で、そのときは友人に借金をして口座の預金額を増やして、更新が終わったらそのままそっくりお金を返したり。そのうちに今の夫と出会って、「私はアーティストでお金を稼げないから食べさせて」ってお願いしました(笑)。
O : 画家としてどのように活動の場を広げられたのですか?
T: どうせパリに来たのだからと絵で勝負を試みたのですが、外国人として住んでみてその壁の厚さと高さをすぐに思い知らされました。住めば住むほどなんでこんな大変な国に来てしまったのだろうと思うばかり。手で掻き分けて中に入れる日本の生垣のような社会との違いを痛感してからは、壁に穴を開けるのも壁をよじ登るのもあきらめて、ひたすら作品を作って発表することにしたんです。転機は、10年くらい経った頃。壁に穴なんか開けられるないってわかったんです。力尽くで何かをするのではなくて、必要なのは翼、高く飛ぶための軽さだって気づいたんです。それまで防御の鎧がどんどん重くなっちゃていたから、それを脱げばいいって。鎧をつけている人みんなにそれを教えてあげたい。
O : なにが私たちの鎧を重くしているんでしょうか。
まず日本で受けた教育や日本の家族や常識、社会システム。それにフランスに来てから対フランス人用の新しい鎧を着ているの。みんなそういうのがないと不安になるから。それで本当はない自信を勝手に身にまとっているのだけれども、私は絵を描いて発表し続けたことが本当の自信につながったのだと思います。誰にどう評価されても気にならなくなりました。気持ちが自由になったのね。そして1990年代後半、フランスから行ける他の国も視野に入ってきた時、偶然にアートコレクターのおばあさんに出会ったんです。彼女に気に入られて、国外の道が開けました。それからドイツ、イタリア、ポーランド、リトアニアなど、ヨーロッパ各地でつながりができて、作品を発表できるようになりました。車に絵を積んで「越境」しましたよ。近年は、モルドバ共和国の国際現代アート展であるビエンナ-レで国立美術館賞をいただきました。その際に招待されて初めて赴いた国ですが、その受賞作品が国立美術館に収められました。
O: 今でも絵を描いていらっしゃる。この先もずっとフランスで?
これからもフランスで暮らしていきます。この国は、その画家が死ぬまでどんな絵を描いているか見られるんです。だから私もどんどん自分に厳しくなりますよ。今でも、午後はたいていアトリエで絵を描いています。 作品が簡単に売れるわけではないですけれども、いつも頭は絵のことでいっぱいで、とにかく描きたいんです。贅沢な暮らしはできませんが、フランスは意思を持って何かをしていれば、必ず応えてくれる国だと思っています。(七)
▶︎ 5/24(火)〜31(火)の期間、カザマ=オベールさんの作品が展示されます。
ヴェルニサージュは24日、17hから20h30。
24日18h-19h、29日18h-19h、はアコーデオンと三味線の演奏も予定されています。
Galerie Etienne de Causans
Adresse : 25 rue de Seine , 75006 Paris , FranceTEL : 06 47 21 86 17
アクセス : Mabillon / Odéon
URL : https://www.artistescontemporains.org/lieux_dart/galerie-etienne-de-causans/
14h30-19h