パリ・ジュンク堂書店 代表管理者
サミュエル・リシャルドさん
フランスにおけるマンガブームが続く一方、コロナ禍の影響で拍車がかかった通販利用や、電子書籍の需要の増加による「紙離れ」が危惧される本屋業界。今年開業45周年を迎えるパリの日本書店JUNKUDOはなぜ磐石なのか。店を管理するサミュエル・リシャルドさんに話を聞いた。
「そんなに面白い話はないですよ」。今回の取材の申し出に、いかにも真率なリシャルドさんらしい第一声が返ってきた。面白い話は期待していないが、とにかくじっくりと話を聞きたい。それは、数年前に一度イベントでご一緒する機会があった折、彼が祭の雰囲気に飲まれることなく、慎重に選びながら発するその言葉の端々に知性が漂っていたのが印象深かったからだ。そしてJUNKUDO PARISという有名な日本書店の代表者のあまりの自己顕示欲のなさに驚いたことも加筆しておきたい。あのリシャルドさんは今何を思い、どのような経営をしているのだろうか。
変わりゆく老舗
オペラ座とルーブル美術館のほぼ中間地点、地下鉄ピラミッド駅から一歩入った角地に店舗を構えるリブレリ・ジュンクといえば、パリの日本書店の代名詞的存在。開業は、急激に円高が進行した1977年。パリ三越や大丸フランスが市内にオープンした数年後(両店とも現在は撤退)、オペラ座界隈に日本食レストランが増えた時代だ。「もともとは、ジュンク堂書店として(最初の店舗である)三宮店の次にオープンしたのがこのパリ店。のちにグループ会社からジュンク堂書店は抜けたが、パリ・ジュンク堂書店は残った。以降、日本の本家とは部分的に業務提携を続けている関係」なのだそう。
現在、内装はすっかり変わり、地上階には大きめのレジカウンターを中心に、豊富な書籍が心地よく整頓された明るいスペースが広がる。リシャルドさんが「残しておけばよかったかもしれないですね」という店内にあった「無料掲示板」は2000年頃に取り外された。80~90年代に個人アパート賃貸情報満載のボードにお世話になった人も多いのではないだろうか。撤去されたのはリシャルドさんが責任者になる前のことだが、その理由は利用の多様化で、今でいう「出会い系」的な素性がわかりにくい告知が目立ち始めたからだとのこと。ネットでなくても、無料掲示板の管理責任を感じざるを得ない時代になったのだろう。
マンガコーナーは当時からずっと地下1階にある。入り口付近の丸くカーブする階段を降りると、奥の文房具コーナーにも目が奪われる。店内いたるところで日本にいるような錯覚さえする商品の充実ぶりだ。
いつの時代もユーザーファースト
リシャルドさん自身は、青年期を日本で過ごしている。大学院の途中でフランスに戻り、こちらの学校で勉強を続けた。JUNKUDOでアルバイトを始めたのはその頃。ちょうどフランスの漫画市場が急激に拡大し、各出版社が日本漫画の出版に力を入れ始め、『遊戯王』や『NARUTO』が人気を博した時期と重なる。日仏2カ国語での会話と読み書きを完璧にこなすフランス人青年は、マンガ売り場の担当になった。もともと文系出身で本が好きなのだそうだが、パリの日本書店で働きたいと思ったのは「自分が日本にいた時にフランス語書籍のありがたさを感じ、フランスでは逆に日本の書籍が必要な人のためになる仕事に関わりたくて」。JUNKUDOで働き始めて24年、その思いはジェランになった今でも変わっていない。全国的にマンガを扱う店が増え、個人輸入も簡単になった今日でもJUNKUDOを利用する客は減らないのは、「同じ本を20冊仕入れて店内に並べるだけのキャパシティーはないけれど、できるだけ多くの異なる書籍を1冊ずつでも入荷して、品揃えを増やす」というリシャルドさんのモットーを貫いた結果だ。「日本にいった時に、売れ筋の本を山積みにしている本屋を見ると羨ましくて仕方ないですけれどね(笑)」とはいうものの、あくまでも利用者に寄り添った経営こそ、リブレリ・ジュンクの強みだろう。
昨今、作家のサイン会はもとより、篆刻や書道アトリエなども開催している。このような活動の場を探す作家さんたちからの希望と、リシャルドさんが書店に来るお客さんにプラスαを提供したいという思いが相まって始まったイベントだ。アトリエは、いずれも「書籍」にまつわるもの。「実体験が関連書籍に係わる知識を補い、逆に書籍に綴られた情報が実体験を補ったりすることができる場を作り、作家と参加者、もしくは参加者同士による知的交流を深めてもらいたい」と期待するリシャルドさんの計らいは、集客にもつながった。
コロナ禍と、そしてこれから
世間では電子書籍の需要も増え、実店舗を持つ小売店には厳しい時代になったと言われるが、その点に関するリシャルドさんの見解は違っていた。現在、JUNKUDOの従業員は11人。実はコロナ禍前とほとんど変わっていない。2020年の2回目のコンフィヌマン(外出規制措置下)では、本屋は「必要不可欠なもの」の枠に入り、営業ができた。10年以上前からオンラインショップも始めていたJUNKUDOは、ネットや電話で商品予約を受けて店頭で引き渡すという作業にもスムーズに移行できた。「私たちは逆に恵まれた立場です」と断言するリシャルドさんは、若者の「紙離れ」も感じないという。JUNKUDOの追い風の理由は主にマンガの好調な売れ行き。コロナ禍でも数字は下がらなかった。
けれども、決して楽観はしていない。インタビューの最後をリシャルドさんはこう締めくくった。「今はいいんです。問題はこの先です。人気があるからといってこのまま何もしないでいたら、いつかこの日本文化バブルは収束します。その前に、もっと結果に結びつく日本のプロモーションをしないといけないと思うんです。私は本屋で、ただ本を売ることしかできませんので、日本の国の事業として取り組んでほしいです。すでに政府が予算をかけてCOOL JAPANやインバウンド事業のキャンペーンを大々的にやったりしていますが、そういうのをもっと落ち着いて、長期的にできるといいと思うんですが」。
書籍を愛し、にわか景気に踊らされず、いつの時代もユーザーファーストを忘れないリシャルドさんの話の面白さは、そのブレない視点でいつも問題の本質をついているところですよ、とご本人にも伝えたい。(り)
Librarie Junku
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