バタクラン・テロ後遺症を克服するために
この原稿を書きながら、またテロのニュース(ノートルダム寺院)が飛び込んできた。私は5月22日のマンチェスターの事件に大きな衝撃を受け本稿を書き始めたのだが、その後も毎日のように…。私は音楽業界に属する仕事をしていたので、コンサート会場は言わば職場であり、仕事交流の場であり、アーチストとオーディエンスのノリ具合を観察したりもするが、自らハメを外して大熱狂することもある。5月24日に大長編小説『ヴェルノン・シュビュテックス』の完結編を出したヴィルジニー・デパントは「コンサート会場の熱狂には、サッカースタジアムに時折現れてしまう怒りや憎しみがない」と言った。宗教用語かもしれないが、それは「コミュニオン」(共感、一体感)の場である。
2015年11月13日、その場所を夥(おびただ)しい鮮血で染めたのがバタクラン乱射テロであった。衝撃はすべての市民たちに突き刺さっただろうが、ことさら音楽人/音楽ファンには想像を絶するものだったはずだ。デパントは予定を1年遅らせて『ヴェルノン・シュビュテックス3』を全面的に書き直し、バタクランの衝撃を小説の中に取り込んだ。 ダミアン・セーズ、ヴァンサン・ドレルムなど多くの音楽アーチストがバタクランを問うアルバムや曲を発表した。その問いとは、ひとえに「バタクランの後、音楽によるコミュニオンは可能なのか」ということだと思う。
バビックスは、2015年6月15日号の本欄で「21世紀のレオ・フェレ」と紹介したアーチストである。あの頃、彼は3枚アルバムを出したメジャーレコード会社から独立し、エンターテインメント性に背を向けて、自分のやりたいことだけをやるという意気満々のアルバム 『クリスタル・オートマティック#1』を発表したばかりだった。詩(ランボー、ボードレール、セゼール、アルトー…)と格闘したり抱擁したりするような肉感的な音楽。コマーシャルな要素が一切ない野心作だが、パリのメゾン・ド・ラ・ポエジーなど小さなホールを熱心なファンで一杯にして、バビックスは観客とのコミュニオンの喜びにあふれていた。あの夜リールでのライヴ中に、バタクラン事件は起こった。彼は何もできなくなった。
「11月13日の後、すべてをやめなければならなかった。そしてやり直すこと。急いで。書き、よじ登り、歌うこと。寒さに抗うために。根本から抵抗するために。」
(Babx アルバム”Ascensions”はしがき)
その後、彼はフリージャズしか耳に通らなくなった。コルトレーン、マックス・ローチ、アーチー・シェップ…。黒人解放運動にシンクロした解放の音楽。「11月13日」から解放されることの契機は、フリージャズ、ヴェルナー・ヘルツォークの映画『Les Ascensions』(1976年製作。グアドループ島の火山噴火を前に山中の村に居残ることを決めた村民との出会い)、抗「イスラム国」レジスタンスの聖女オマヤ・アル・ジュバラ(1974-2014。イラクのティクリットに近い小さな村のおばさんが、ISの包囲侵攻に武器を持って立ち上がり12日間の戦闘の末射殺された)…。少しずつ見えてきたところで、バビックスは自分の録音スタジオ(Studio Pigalle)に籠(こも)り、1年がかりでアルバムを作った。捨てたデモ録音は数知れないと言う。
『Ascensions アサンシオン』(上昇、登攀(とうはん)、昇天…)は、鎮魂と祈り、抵抗と怒り、再生と昇華が研ぎ澄まされた状態で拾遺(しゅうい)された“フリー・シャンソン”アルバムである。
中心作と言える冒頭の「オマヤ三部作」はジハード軍の凶弾に斃(たお)れた抵抗の女オマヤ・アル・ジュバラへのオマージュ。自分を殺したスナイパーに未来永劫取り付いて愛の断罪を下す(te condamner à l’amour)と歌う。愛の刑を下す。これがバビックスの、「11月13日」を超えて生きることのマニフェストであろう。6曲目「脱走兵」はその別例で、射殺されたバタクラン襲撃テロ実行犯の一人の遺体がクールヌーヴ墓地に人に知られぬ時刻(朝5時)にこっそり埋葬されたという三面記事にインスパイアされた歌で、参列者も祈りもない儀式に家族が「おまえは英雄にはならない」と語りかける。あの惨劇の実行犯に、人間としての死を与えるのである。
乗り越えなければならない不条理には、ドバイ湾岸でカイトサーフとポルシェのドライヴを楽しむ石油の神たち(4曲目「詩篇」)や、カダフィを攻撃転落させた〈リビア解放の英雄〉ニコラ・サルコジの得意満面へのノスタルジー(5曲目「トリポリの男」)がある。金と石油があり退屈している人々が起こした戦争。
バビックスは抵抗し、乗り越えるためにフリージャズの友(シューペルソニック、トマ・ド・プールクリ…)を招いてこのアルバムを作った。その後、往時のフリージャズヒーローのひとり、アーチー・シェップがバビックスの招きに応じてラジオ放送のために録音されたセッション(「オマヤ三部作」9曲目)が、アルバムにボーナストラックとして追加された。怪傑ゾロに扮してオモチャのピストルを向ける子供(ジャケット)のような、バビックスの「11月13日」乗り越えの闘いを記録するアルバムである。
文・向風三郎