4月末に実施された第93回アカデミー賞授賞式。ここで若手フランス人監督による初監督作品が2部門で受賞し話題となった。それがフロリアン・ゼレール監督の『The Father ファーザー』。主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)と脚色賞での受賞だ。
本作はアカデミー賞効果がホヤホヤの5月末に劇場公開され、公開初日ランキングで首位につける好調ぶり。しばらく公開されているとは思うが、なにせ長引く映画館の閉鎖で待機中の新作が膨大に控えている。気になる映画ファンは念のため早めに劇場に足を運んでほしい。
主人公は認知症と思しきロンドン在住の高齢男性アンソニー(アンソニー・ホプキンス)。独り暮らしの彼の家には、彼の娘やその配偶者、介護人候補らがやってくる。高齢化社会で重みを増す「親子」や「介護」といった普遍的なテーマに触れるヒューマンドラマだ。
映画は主に現実認識も曖昧なアンソニーの視点で進む。だから記憶の迷宮に引き摺り込まれるような、極上なミステリーにも仕上がっている。ちょうどフランスでは名優ヴィゴ・モーテンセン(『グリーンブック』)の初監督作品『Falling』も公開中だが、両作は「記憶が飛ぶ偏屈高齢男性とその家族の物語」という意味で共通する。
しかし、ほぼ密室劇の『ファーザー』の方は、映画でしか体験できない没入感を感じさせる。ホプキンスの鬼気迫る名演の説得力が加わり、見ている方は「今ここにいること」の違和感も含め、不可思議な「生」の秘密に触れるような感覚を味わえるのでは。本作を前にすると、時代もテーマもやや手を広げ過ぎた感がある『Falling』はいささか分が悪い。とはいえ、こちらも決して見て損はさせない力作ではある。
レゼール監督は1979年生まれ。もともとは作家、劇作家として知られ、彼が手がけた同タイトルの戯曲は演劇化され、すでに世界中で成功をおさめてきた。仏演劇の最高峰モリエール賞も獲得済みだ。今回はアカデミー賞での受賞を通して、フランスの才能が広く世界に知れ渡ったのは嬉しいニュースだった。
とはいえ残念なこともある。本作は英仏合作なのだが、その出資率はイギリスが約80%、フランスが約20%。つまり、ほぼイギリス映画と言ってよいものなのだ。せっかくフランスから飛び出した才能であるのに、ここぞと言う時にフランス映画界の手柄にできないのはなぜだろうか。ただ受賞に喜んでいるばかりでなく、その背景の分析も必要なのではと思わされた。(瑞)