『Corps et Âme』
雪化粧した森の奥深く、二頭の鹿が大地に立つ。それは夢のように美しい風景。だが実際、これは夢なのだ。見とれていると、非情にも人間界の映像に切り替わる。主人公はふたりの男女。食肉加工工場ディレクターのエンドレと、品質管理担当者のマリア。ふたりはある事件がきっかけで、夢を共有していることに気がつく。それが冒頭の鹿の夢。彼らは奇妙な現象にいかに向き合っていくのだろう。
かつて炭鉱では、有毒ガスをいち早く察知するカナリアが重宝された。作家のカート・ヴォネガットは、世の中の悪い空気を真っ先に感知する芸術家を、この「炭鉱のカナリア」に重ねた。本作の監督イルディゴ・エンエディもまた、芸術家特有のカナリア的敏感さで、世の不穏さを察知し、作品に込める。
エンドレは片腕が動かない。マリアは発達障害の症状が見てとれる。効率優先の現代社会で、繊細な彼らは人一倍悪い空気の影響を受け、心身に支障をきたす存在。細部まで規定に縛られ、人間はそれに従うだけの工場という舞台設定も示唆的だ。
優しいが残酷、幻想的だが現実的という奇妙なラブストーリーの本作は、今年のベルリン映画祭で金熊賞を受賞した。89年に「私の20世紀」でカンヌ映画祭の新人賞を獲り、将来を渇望されたハンガリーのエンエディ監督は、女性監督というハンデもあり、近年は映画の企画が流れ続けた。劇場作品の公開は実に18年ぶりだという。しかし「撮れない時期も、映画の企画について考えなかった日は1日もない」と語る意志の人。ベルリンで審査委員長を務めたポール・バーホーベンは、「審査員はこの映画に恋した。我々が時に、あまりに簡単に使い過ぎる言葉を思い出させる。それは〈思いやり〉だ」と語っている。(瑞)