ラファエル・アロッシュ初小説集『海への回帰』を読む

 2000年にデビューしたパリ生れのシンガー・ソングライター、ラファエルはその3枚目のアルバムから2005年に「キャラヴァン」という売上150万枚の大ヒット曲を出している。美しい顔立ちをした少年のように見えたが、あの時すでに30歳だった。2007年には来日もしたし、アルバムは日本盤も出て、日本盤用にかの「キャラヴァン」は日本語ヴァージョン(日本語詞は辻仁成)も吹き込まれたので、日本でもやや知名度はある。

 日本ではそのマスクのせいで 「フレンチロックの貴公子」のような売られ方だったが、その後ミリオンヒットはないにせよ、出すアルバムはすべて質が高く、骨があり、この子はバシュング型の硬派のアーチストになると期待していた。また伴侶の女優メラニー・ティエリーの関係か映画にも縁が深く、クロード・ルルーシュの ”Ces amours-là”(2010年)など数作に俳優として出演している。

 2017年2月、41歳、ラファエルの文壇デビュー。本名ラファエル・アロッシュを著者名として、ガリマール社から『海への回帰(Retourner à la mer)』と題する13篇の短編小説集を上梓した。ガリマールから出たのだから「タレント本」であるわけがない。文学である。フランスで音楽アーチストが文学(小説)に越境する例は少なくない。イヴ ・ シモン(『感情漂流』)、ゲンズブール(『エフゲニー ・ ソコロフ』)、マチアス・マルジウ(『時計じかけの心臓』)、ベルトラン・ブラン(『鮫』)、そして昨年9月に本欄で紹介したラッパーのガエル・ファイユ(『小さな国』)…。

 1枚のCDアルバムに収められる曲数にも似た13篇の短編だが、3分に凝縮された瞬間芸のような歌の世界と違い、散文は膨らみのある持続する時間のアートだ。ラファエル・アロッシュはその最初の試みを、短編映画のシナリオのような線状の物語が見える小品集にしてみた。どの作品も話者は私小説的な意味でのラファエルではない。巨人もいれば、ホームレスもいれば、この世に未練を失くした老人もいる。

 ここに登場する主人公たちのほとんどがマージナルな人々である。屠畜場に「死刑を免れられない」家畜をトラックで運び入れる仕事をしている男が、一頭の仔牛を救ってしまう話に始まり、剛強な体躯でいつ起爆するかわからない暴力性を秘めたコンサート会場のガードマンと、年端も行かない少女ながら体に大きく残る手術痕を露出させて踊るクラブのストリップダンサーの恋、次いで、離婚した妻からやっと勝ち得た息子と過ごす期間を使って父子のヴァカンスにノルマンディーに出かける高速道路の夜間走行中、飲酒運転で車ごと川に突っ込んでしまう「最低の父親」(それが短編の題)。読み進めていくうちに、その黒いタッチの語り口に引き込まれていく。

 3篇目「最低の父親」の中でカーステレオではずっとデヴィッド・ボウイが歌っている。ラファエルが最も愛し、最も影響を受けたアーチストであるボウイを通奏低音のように作中に参加させるのは「酔い」の効果を高めるが、この使い方は実にラファエルらしい。

 コルシカでのヴァカンス中、夫の趣味で(自分は食べられない)土地の奇妙な名物料理を食べさせられて、結婚も子供の教育も料理も交友もすべて夫の言いなりになってきたことの蓄積にバーンアウト寸前になっている中年妻。ちょっと軽めのストーリーでは、まったくうだつの上がらない妻帯の男があこがれの「世界一美しい女」(短編題名)と一夜を過ごす段になって、その美女がナチス主義でサディックな性向があることがわかる話。

 ナチスに関連すればアロッシュ家はユダヤ系であり、ラファエルのこの作品集にもジューイッシュ・ジョーク気味の表現が時々出てくる。表題作の「海への回帰」の中で、話者と二人旅する母親の肥満体を皮肉って「アウシュヴィッツから出所した肥満者などひとりもいなかった」と暴言を吐いている。

 暑い夏の日、ヴァカンスに行かずに取り残された3人の少年が所在なくたむろしていた港湾地区で目撃した、世界の終末をも思わせる大旅客機の海中墜落事故。機窓からひとりひとりの顔が見えるというパッセージは秀逸。ところがそれを証言に行った役所で、3人はそのような事故はどこからも報告されていないと知る。ちょっとブラッドベリ風。

 しかし何と言っても強烈に印象に残るのが最終篇として収録された表題作の「海への回帰」である。厭世的な傾向の40男(病院から出たばかりとある。多分自殺未遂治療後)が、久方ぶりに母親と二人で南仏にヴァカンスに出かける。男は老いて見苦しく肥満して滑稽な挙動をする母親をできれば敬遠したい。母親はどう言われても愛する息子と一緒に楽しい時間を持ちたい。前半、母親への嫌悪の表現は極めて激しいが、芯のところでは母を愛している。子供の頃に行ったアンティーブのマリンランドを再訪し、海の動物たちを陸に閉じ込める人間の愚行に憤る。母は子供の頃、この湾の沖でイルカの大群を見ていた。息子同様、母親もこの世に疲れてしまっている。いつかイルカのいた海に還っていけるだろうか。息子と母は海に還りたい一点で和解していく。Mer(海)はここではMère(母)でもある。
 救いのある珠玉の黒い小説集と言えよう。次は必ずや長編小説を書いてもらいたい。大いに期待して待っている。

文・向風三郎