母の日

「 ペタン元帥が定めた母の日で祝われるつもりはまったくありません。私はレジスタンスとしてヴィシー政権と闘ったのですから 」

 5月31日の母の日に、ラジオFrance infoでインタビューされた女性の発言。第2次世界大戦中、ペタン元帥はヴィシー政権のフランス国主席として、ドイツの占領政策に協力。家族政策の一環として、1941年に、毎年5月25日を母の日にすることを定めた。