フランスの産業デザインの先駆者であるRoger Tallon(ロジェ・タロン1929年−2011年)の60年間の偉業を辿る回顧展が、パリ装飾美術館で開催されている。1993年のポンピドゥー・センター以来の展覧会だ。
ロジェ・タロンの名前を知らずとも、TGV Atlantique やTGV Duplex の生みの親と言えば知らない人はいないだろう。鉄道の快適さが追求されたCorail 、RERやMétéorのロゴ、モンマルトルのケーブルカーをデザインしたのもタロンだ。フランス国有鉄道(SNCF)とのコラボレーションは長く、1994年には、2時間半でパリとロンドンを結ぶEurostarの意匠設計もした。移動手段とスピード、そして旅の快適さを刷新させた。
常識を覆すような画期的なデザインとして語り継がれるのは、60年代の携帯テレビTéléavia P111や単体でも購入可能のテーブルウェアコレクション3Tなどである。3TのTは、テーブル、伝統(tradition)、タッチなどの意味が込められており、タロンのイニシャルだとも言われる。
時計ブランドLipのコレクションMach2000は、40年の年月を経ても機能美が絶賛される。角度の調整や調光を可能にした照明器具、素材を節約して軽量に仕上げた曲げ木チェア、オフィスチェアなど数々の不朽の名作を残した。1970年の大阪国際万博では、フランスパヴィリヨンのアートディレクションを担っている。1972に刊行されたフランスのアート誌art pressのロゴやタイポグラフィーのグラフィックチャートのデザインも手がけた。これらのデザインは今日でも健在だ。70年代には、180以上の商標登録を申請するほど、探究心と好奇心旺盛な発案者であったことも伺える。
日常生活のなかで、デザインという言葉が特別でカッコイイものを示しているように捉えられている傾向は、21世紀になっても変わっていない。ロジェ・タロンが50年代にデザインを始めた当時、フランスでは「インダストリアル・エステティシャン」と呼ばれたそうだ。第二次大戦後の復興から、社会が産業を頼りに経済を立て直し、高度成長させていく過程においてデザインは不可欠だが、エンジニアリングでもアートでもない立場から企業やブランドの総合的な監修を担うデザイナーの存在は認知されていなかった。
1945年、16歳のタロンは、何を夢見てデザインの世界に入り、その後の人生60年間を捧げたのだろうか。ひとつの商品を、人間工学的な機能性や使いやすさ、色彩、レタリングやパッケージングなどすべて考慮したグローバル・デザインを提唱し実践してきた。こうしたノウハウは、アメリカ企業のCatepillar社やDupont de Nemours社のコンサルタントに従事した経験から培われたものだった。フランスには存在しなかった仕事の流儀を、プロジェクトを介して植え付けることにも貢献した。技術だけでも、芸術的センスだけでも足らず、経済的な視野、社会の動向や日常の観察をも取り入れた横断的なビジョンが要求されるデザイン業は、変容し続けている。
どんな時代でも、先人の功績から学ぶことは大きい。(薫)
(2017年1月8日まで)
Musée de Arts Décoratifs
Adresse : 107,rue de Rivoli , Paris , Franceアクセス : Palais-Royal
URL : http://www.lesartsdecoratifs.fr