管理社会の成れの果て
映画祭は数あれど、新人監督にとって「世界一の狭き門」と言えるのが、カンヌ映画祭の公式部門の参加だろう。ここに今年2022年、栄えある「ある視点部門」に選ばれ、新人監督賞にあたるカメラ・ドールの特別表彰(次点)を受けたのが早川千絵監督だ。日本人の同賞関連の受賞は四半世紀ぶりの快挙だったが、その話題作がいよいよフランス公開となる。
「75歳になれば自分の生死を選べる」という新制度「プラン75」が実施へ。近未来のようにも、パラレルワールドのようにも見える少子高齢化が進んだ日本が舞台だ。主人公は角谷ミチ(倍賞千恵子)。夫と死別し、今はホテルの清掃業に就いている。彼女は「プラン75」の選択を迫られる世代。奇っ怪な法律に見えるが、意外にも周囲はこの制度を淡々と受け入れている……。
この新制度導入には、ある残酷な殺傷事件(日本で起きた有名事件に酷似)が呼び覚ました不穏な国民感情がきっかけのひとつのようだ。まともな議論もないまま、日本人が好物の「空気」や「同調圧力」に乗せられ、誰かの思惑通りに国民が誘導されて行く様子がなんとも生々しい。
映画は本制度を推進する役所の若手職員、制度を現場で支える移民女性、一刻も早く制度を使いたい高齢男性など、立場の違う複数の視点で語られる群像劇。意見も立場も異にする人間の人物像をほどよい深度で掘り下げており、それぞれの立場をある程度理解できる作りになっているのもうまい。
日本社会が鋭く描かれている一方で、コロナ禍で世界的に推し進められた管理社会の成れの果てのような光景には心が凍る。映画の企画自体はコロナ禍前だが、奇しくも予言めいた作品になった。日本、フランス、フィリピン、カタールの共同製作。今、見るべき映画であることは間違いない。(瑞)