イランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督(1940-2016)がパリで逝去し早くも5年。現在、パリ・ポンピドゥ・センターの地下では、回顧展「友達キアロスタミはどこ?」が開催中。伝統と革新の同時に触れる彼の仕事をふりかえる。もちろんタイトルは、彼の代表作『友だちのうちはどこ?』(1987)への目配せだ。
本展示は昨年春に開催予定だったが、コロナ禍で1年以上延期に。結果、奇しくも24年前に『桜桃の味』(1997)でカンヌ映画祭最高賞のパルムドールを受賞した5月19日にスタートとなり、7月26日まで続く。 “入場無料”の気前の良さで、アートファンなら行かない選択肢はないだろう。
キアロスタミと言えば、『友だちのうちはどこ?』、『そして人生はつづく』(1992)、『オリーブの林をぬけて』(1994)の 「コケール・トリロジー / ジグザグ道三部作」で世界的に有名な存在に。しかし彼の芸術家人生は、風が吹くまま、好奇心の赴くまま、予測もつかぬジグザグ道を歩いた。
画家志望だった彼は、まず祖国で児童書のイラストレーター、映画ポスターのデザイナー、テレビのオープニング映像や教育ビデオの制作など幅広い仕事に着手。そんな初期の作品からは、すでに卓越した色彩感覚や空間構成力がうかがえる。
キアロスタミは天性の詩人、写真家だった。作品発表の出口などは意識せずとも、常に言葉やイメージと戯れ続けた。会場には書体も美しいペルシア語の詩が、仏語の翻訳とともに散りばめられている。会場で大きな存在感を放つのは、監督が好んで撮影してきた扉の数々。それらは全て固く閉ざされ、触れられぬ秘密のように鑑賞者の前に立ちはだかる。どこか謎めく巨匠の黒いサングラスにも重なって見える。
会場の中心には4WD車の三菱パジェロが停車する。彼の愛弟子ジャファール・パナヒ監督同様、キアロスタミ作品でも車はドラマの重要な役割を担う。ただし、この車は映画に登場した本物の車ではないそうだ。
キアロスタミは国際的な名声に伴い、素人の子どもを起用した過去作品が続々紹介されたため、 “シンプルな児童映画の名匠”のイメージも付いて回る。だが、長年彼の通訳を務め、本展覧会ではコミッショナーでもあるイラン出身のマスメ・ラヒジさんは、そのような彼の一面的なイメージを否定する。「彼の作品は確かに多くの人にとっつきやすいもの。しかし一見シンプルに見えて、実は奥が深いのです。彼に対しては、“政治的でないし、女性を描かない”という批判もありましたが、それは正しくありません。そのような誤解を解く展覧会にもなっています」。
例えば、密告のテーマに触れた『Cas numéro 1, Cas numéro 2 最初のケース、次のケース』(1979)、架空の作品を鑑賞するイラン人女優に迫る『Shirin シーリーン』(2008)などの作品群は、本展示でも大きく取り上げられている。
ラヒジさんによると、キアロスタミは「寛大でいたずら好き、同時に孤独を好む人」だったとか。彼女は単なる通訳者を超え、撮影現場や映画祭といった重要な場所で監督をサポートし、絶大な信頼を得ていた。「祖国イランから離れて生きる者同士が知る孤独の感覚のようなものが、私たちを強く結びつけていたと思う」。
キアロスタミは90年代後半から、フランスを製作の軸足として活動した。MK2の名プロデューサー、マリン・カルミッツの後ろ盾を得て、『ABCアフリカ』(2001)のウガンダ、『トスカーナの贋作』(2010)のイタリア、そして『ライク・サムワン・イン・ラブ』(2012)の日本など、国境を軽々と飛び越えた撮影も果敢に取り組んだ。
「彼の小津安二郎監督への敬愛の念はよく知られています。日本文化に深い親しみを抱いており、例えば、地面に近い家屋の造りや調和への志向は、祖国イランに似てると感じていたようです。また、日本の枝豆が大好物でした(笑)」。
広い世界を見てきたキアロスタミだが、時間が許せば祖国の家に戻りたがっていたという。彼は病気の治療中だったパリで亡くなったが、本人の希望でテヘラン郊外の墓地で眠っている。
さて、この回顧展は同時期に映画上映が楽しめる。展示会場の同フロアの上映室では、初公開作品も含む長編&短編全46本を一挙上映する(5€/3€)。さらに6月2日からは劇場にて、キアロスタミの代表作を中心に長編13本、短編7本を公開。また、彼のインタビュー本「Un cinéma de questions, Conversations avec Abbas Kiarostami」(Carlotta刊/Godfrey Cheshire著 12€)の発売もある。黒いサングラスのその先の巨匠を知る最高の環境が用意されているのだ。(瑞)
«Où est l’ami Kiarostami ?» 「友達キアロスタミはどこ?」展
2021年7月26日迄。入場無料。火休。
▶︎ポンピドゥ・センターでの全46本の上映会タイムテーブル
上映会チケットのネット予約ページ
▶︎6月2日からは劇場にて『友だちのうちはどこ?』『そして人生はつづく』などの代表作を中心に、長編13本、短編7本を公開。予定はこちら。
▶︎インタビュー本「Un cinéma de questions, Conversations avec Abbas Kiarostami」
(Carlotta刊/Godfrey Cheshire著 12€)