パリ・ノートルダム大聖堂:知られざる「ステンドグラス論争」展。
Exposition :「Notre-Dame de Paris : la querelle des vitraux (1935-1965)」
2019年4月15日、炎に包まれ尖塔などが焼け落ちたノートルダム大聖堂が、大規模な修復を経て12月7日のセレモニー、8日のミサをもって再開した。工事は完了しておらず、ステンドグラス設置は2026年の予定だが、それに関する〈論争〉をご存知だろうか。修復工事が進められる2023年末、マクロン大統領は身廊南側の6つの礼拝堂のステンドグラスを現代的なものに置き替える計画を発表したが、この計画に、3日間で6万人の反対署名が集まるなど激しい反発が起きた(12月9日現在は24万3千弱人に)ものだ。さらに今年7月には、国立建築文化財委員会(CNPA)が全会一致で反対の意を表明、論争が続いている。
ところが実は約90年前に、これとよく似た出来事があった。その知られざる論争をめぐる展覧会「ノートル・ダム大聖堂:ステンドグラス論争 (1935-65) Notre-Dame de Paris : la querelle des vitraux (1935-65)」が、現在、シャンパーニュ地方の町トロワの「ステンドグラスセンター Cité du Vitrail」で開催中だ(2025年3月9日まで)。
1935年、パリのステンドグラス職人たちは、ノートルダム大聖堂の身廊にある19世紀の建築家ヴィオレ=ル=デュク*がデザインしたステンドグラスを自分たちの作品に置き換える案を提案した。彼らがその2年後の1937年万博に出品する予定のモダンな作品群を、万博が終わった後、大聖堂に設置するという計画である。この時、職人として名乗りをあげたのは、本件を先導したルイ・バリエをはじめ、ジャック・ル・シュヴァリエ、ジャン・エベール=ステヴァンス、唯一の女性で画家のヴァランティーヌ・レイルら12人だった。
*ウジェーヌ・ヴィオレ=ル=デュク(Eugène Viollet-le-Duc, 1814-79):教会や城など中世の建造物修復で知られる建築家。1845年から64年にかけてノートルダム大聖堂の修復工事にあたった。修復の際にはステンドグラスのデザインも行ったが、今日問題になっているのは、このヴィオレ=ル=デュクによって作られたステンドグラスを外して現代作家のものに入れ替えるという点だ。
この大胆な計画は、モーリス・ドニら進歩的な芸術家などからも支持された。しかし、提案されたデザインが知られるにつれ、懸念の声もあがるように。反対派はそれぞれ職人たちが各自のスタイルのデザインに走ったことから「万華鏡のよう」「完全に酔った指揮者が率いるジャズオーケストラ」などと揶揄、メディア上で論争が繰り広げられ、1938年にはパリ大司教のヴェルディエ枢機卿に対し反対の署名も送られた。度重なる検討があったが第二次世界大戦勃発で計画は頓挫、ルイ・バリエは計画遂行を企てるも、その後計画が顧みられることはなかった。
例外的に巨匠ジャック・ル=シュヴァリエだけは、その後1965年に大聖堂の幾何学模様のステンドグラスを創作した(下)。彼は1930年代の論争の反省を踏まえ、全体的に均質的な作風にしたと語っている。後年、全作品のうち半分ほどは散逸したが、今回の展覧会では12人ほどのうち6人の作品が集められた。
https://www.ina.fr/ina-eclaire-actu/1965-la-restauration-des-vitraux-de-notre-dame-de-paris
今回の展覧会では論争に関する作品はもちろん、設計図やスケッチ、写真に加え、当時の論争が生き生きと蘇る計画書や報道記事など豊富なアーカイブ資料を紹介している。現在、マクロン大統領が前のめりで進める設置計画について、立ち止まって考えるヒントとなるだろう。
現在、争点となっている19世紀のヴィオレ・ル・デュクがデザインしたステンドグラスは、2019年の火災の影響はなんら受けておらず、専門家によると保存状態も極めて良好。マクロン大統領はそれらを取り外して、近年中にノートル・ダム大聖堂に新設する予定のミュージアムに展示するとしているが、前述のとおり国立建築文化財委員会が反対した後は風向きも変わり、ステンドグラスをデザインするために選考されたアーティストや職人も辞退を表明し、現在プロジェクト遂行に携わるのはひとりのみとなっている。
さて、本展示の会場は、2022年12月にトロワの中心地にオープンした Cité du Vitrail(ステンドグラス・センター)。このトロワの町を県庁所在地とするオーブ県一帯は、古い時代のステンドグラスが多く残る地域として名高い。実にフランス全土の50%、世界規模でも40%のステンドグラスがオーブ県に集中するのだ。
トロワのステンドグラス・センターは、ステンドグラス芸術を今に伝える使命を持った文化施設だ。施設内の常設展示室「ステンドグラスのギャラリー」は、今年になって改装されたばかり。藤田嗣治、やジェラール・ガルースト、ケヒンデ・ワイリー、など、有名な現代芸術家によるモダンなステンドグラスも鑑賞できる。また、現役の古いステンドグラスに出会うのなら、市内の教会散策 がお勧めだ。サント・マドレーヌ教会、サン・レミ教会、サン=テュルバン大聖堂などが、センターから至近距離にある。さらに市内を含むオーブ県内のステンドグラスを探すには、携帯用のアプリ「Route du Vitrail ステンドグラスの道」が便利だろう。
※パリ・ノートルダム大聖堂:知られざる「ステンドグラス論争」展は、3/9まで。
Cité du vitrail
Adresse : 31 quai des Comtes-de-Champagne, Troyes , Franceアクセス : SNCF Troyes(トロワ)駅から徒歩15分ほど。
URL : https://cite-vitrail.fr/fr/exposition
4月1日から10月31日までの火- 日 : 10-18h 11月1日から3月31日までの火- 日 : 10-17h 入場料:5€、26歳未満無料