¨Vers un avenir radieux¨ – Nannti Moretti
最初の短編制作からちょうど半世紀、今もコンスタントに作品を発表し続けるイタリアのナンニ・モレッティ監督。先のカンヌ映画祭ではコンペ部門に選ばれ、好評を博した新作『Vers un avenir radieux 輝く未来の方へ』が、早くもフランスで劇場公開中だ。
代表作『親愛なる日記』(1994年)のように、自身が演じる分身のような映画監督が主人公。かつてヴェスパに乗ってローマを走ったミケーレが、こちらでは電動キックスクーターに乗ったジョヴァンニとなる。ただし、彼が辿る人生街道は問題が山積み、曲がりくねった道が続いている。
ジョヴァンニは目下、ローマ郊外にハンガリーのサーカス団を迎えるイタリア共産党員についての映画を準備中だ。時代背景はソ連がブタペストに侵攻した1956年と、現在の状況とも通じ合う。そしてやはりというか、映画制作はスムーズには進まない。ジョヴァンニが抵抗感を感じる配信サービスへの作品提供も、そろそろ視野に入れなければならないようだ。
並行して描かれる私生活も暗雲が立ち込める。40年連れ添う映画プロデューサーの妻の様子はおかしいし、20歳の娘はずいぶんと年上の男に入れ込んでいる。
まるで現代のルールや感覚についていけない時代遅れな男の肖像画。そんな自身の分身の姿を、モレッティは笑いと皮肉にくるんで客観視する。嘆きでもノスタルジーでも、自己弁護でも反省モードでもない。戸惑いと憂鬱と苛立ちのなか、現状認識を迫られゆく等身大のベテラン監督の姿がある。
さて、ネットフリックスなどの配信サービスの問題について、これまで現実のモレッティは、ことあるごとに警鐘を鳴らしてきた。同時に、映画館文化を守るために、ローマ郊外で映画館を実際に運営もする有言実行の人である*。本作では面白い形で彼が敬愛する映画の良き理解者マーティン・スコセッシが引用されている。だが、当のスコセッシはすでに『アイリッシュマン』がネットフリックスの製作、同じくカンヌで上映された新作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』もアップルTVの製作。モレッティの心中はいかばかり、だ。
映画の原題はフランスの左派政党のスローガンから取られた。時代とかみ合わなくなった左翼も、昔気質の映画監督も、今やアイデンティティの再定義が求められている。とはいえ、モレッティには時代の圧などに屈せず、いつまでも彼のままでいてほしいと切に願ってしまう。(瑞)
*モレッティ監督が運営する映画館 Cinema Nuovo Sacherのリンク www.sacherfilm.eu/
(映画館の名前は、モレッティの好物のウィーン発祥のチョコレートケーキ「ザッハトルテ」に由来。)