モランはブエノスアイレスの下っ端銀行員。ある時、大金を着服することに。魔が差して、ではない。入念に考えられた立派な作戦だ。欲しいのは25年分の給料。死ぬまで働かずにいられる分さえあればいい。盗んだ金を同僚に押し付け、男はすぐに自首。数年刑に服したら、金を取り戻す魂胆だ。
監督はアルゼンチン人ロドリゴ・モレノ。大臣のボディガードが登場する『El Custodio』(2006年 / 仏題Le Garde du corps)で、ベルリン映画祭アルフレッド・バウアー賞(現審査員賞)を受賞した中堅。本作は実際にあった事件からインスパイア。「強盗映画と同様に、道徳性はテーマでない。銀行の設立は、強盗よりもはるかに重罪というブレヒトの古い格言を援用した」と監督。今こそ響いてくる含蓄のある言葉ではないか。
モランが金を託すのは同僚の優男ロマン。彼は計画に大いに驚愕、動揺しつつも、なんとなく押し切られる。映画はモランの入所後、主にこのロマンの視点で展開してゆく。モランとロマン、二人は外見も性格も違うが、名前がそっくり。しかも左右二つの分割画面で、合わせ鏡のように描かれることも。結局二人は大差がないのか。そんな彼らの存在は、観客に自由の意味を問いかける。「15日の休暇のために貯金し、一年中働くのだ」。主人公の切実な嘆きは、犯罪者のそれでなく、私たちの代弁者のように聞こえてくる。
レトロな銀行の内装や登場人物の服装は、70年代のジャンル映画のようで懐かしい。が、190分という長尺の中で、心憎い台詞や意表を突く演出が光り、しっかり現代的な映画に仕上がった。カンヌ映画祭「ある視点」部門に登場し、アカデミー賞アルゼンチン代表にも選出された。(瑞)