今年はオドレイ・ディワンの年だった。彼女はポン・ジュノが審査委員長を務めた9月のベネチア映画祭で、長編第二作目の『L’Evénement(仮題 : ハプニング)』が金獅子賞を受賞した気鋭の監督。フランスの女性監督が世界三大映画祭で最高賞を獲得するのは、7月のカンヌ映画祭から連続の快挙である。(カンヌではジュリア・デュクルノーが『チタン』でパルムドールを受賞)
その話題の『L’Evénement』が11月24日からようやくフランスで劇場公開へ。実はディワンは2021年にもうひとつ大きな成果を残している。コロナ禍にも関わらず220万人以上の観客を動員した『Bac NORD バック・ノール』の共同脚本家でもあるのだ。この映画の監督のセドリック・ジムネスはディワンの実生活でのパートナーであり、夫婦で飛躍の一年となったようだ。
『Bac NORD』は実話にインスパイアされたマルセイユの警察部隊のドラマ。荒れた郊外を警官目線で描いており、中盤の大どんでん返しの展開から目が離せなくなる。パリ郊外の警官と地元の若者双方の目線から描かれたラジ・リの『レ・ミゼラブル』(2019)と比較するのも興味深い。ディワンは『L’Evénement』『Bac NORD』の2本の注目作に関わったという意味で、今年は彼女の年だったと言えそうだが、その活躍ぶりは日本の濱口竜介監督(自身の監督作の受賞に加え、『スパイの妻』の共同脚本家としても話題)とちょっと重なってみえる。
『L’Evénement』に戻ろう。これはアニー・エルノーの自伝的小説『事件 L’Evénement』の映画化だ。主人公アンヌ(アナマリア・ヴァルトロメイ)は望まぬ妊娠をした大学生。学業を続けたいから中絶を希望しているが、法律も周囲の人間もそれを許さない。映画はアンヌの妊娠から衝撃のラストに至るまでのイバラ道を、息を呑むような長回しで生々しく描く。観客は彼女の心と身体の痛みに寄り添い、共有することになるだろう。無責任青年、頼りにならない寮仲間、杓子定規で事なかれ主義の医者……。周囲の「普通の人たち」の言葉は時に冷たく響く。若き時代に数々のヒロイン像を通し女性性の生き辛さも体現していたサンドリーヌ・ボネールが、年を重ね主人公のお母さん役で登場しているのも感慨深い。
映画の舞台は1963年。フランスではヴェイユ法の制定で中絶が合法化されたのが1975年だから、妊娠した女性にとっては暗黒時代だったろう。原作者のエルノーが自身の体験を基に本を出版できたのが2000年、そしてこの映画化が2021年。時間だけは容赦なく流れるが、世界を見渡せば「中絶」はいつまで経ってもアクチュアルなテーマであり続けている。(瑞)