「House of Tove Jansson トーベ・ヤンソンの家」
会場に入った途端、目を細めておいしそうにタバコを吸う短髪の女性の肖像が目に入る。ムーミンの生みの親として世界的に有名なトーベ・ヤンソン(1914-2001)の自画像だ。絵画、イラスト、小説、舞台装置、衣装まで手がけた多彩なアーティストなのだが、芸術活動の全貌も彼女の人生も、2020年に伝記映画「トーベ」が出るまではほとんど知られていなかった。日本では21年に公開されたが、フランスでは23年。しかも、ほとんど話題にならず、在仏の日本人にとってトーベの人生はやはり未知のままだった。この展覧会で、やっとそのギャップが埋められた気がする。
造形作品も素晴らしいが、女性が家庭に入るのが当たり前で美術界も男性が牛耳っていた当時、自分の好きなこと、やりたいことを貫いた彼女の人生が清々しい。同性愛がタブーだった時代に、同性の伴侶と暮らし、そのうちの一人とは死ぬまで連れ添った。トーベの生き方は、フィンランドで同性愛が社会的に認知されるきっかけを作ったといわれている。
両親が画家と彫刻家という芸術家一家に生まれ、少女時代に文学と美術で頭角を表した。中学生の時から家計の足しにと、絵と文章をかき始め、14歳の時に雑誌に詩と絵を発表した。以降、美術学校や工芸学校に行きながらプロの作家・アーティストとして活動を続けた。1930年代後半は、奨学金を得てフランスとイタリアに滞在した。
会場にはブルターニュ風景を描いた油彩「青いヒアシンス」が展示されている。戦時中は、フィンランド語とスェーデン語の風刺雑誌「ガルム」のイラストレーターとして活動した。イラストでヒットラーやスターリンを批判し、風刺画家として好評を博した。この雑誌のイラストに、ムーミンの原型が登場した。世界的に知られるようになったのは戦後。12作あるムーミンシリーズの3作目「たのしいムーミン一家」の英訳が1950年に出版されてからだった。
会場にはトーベと家族、伴侶、アトリエの写真、トーベが手がけたムーミン劇の舞台装置のイラスト、デッサン、鉛筆で描いた子ども時代の絵本、雑誌、油彩などがふんだんに展示されている。半地下の会場では、ムーミン人形劇や、別荘がある島でのトーベなどのビデオを上映している。一番の収穫は、油彩、水彩、ガッシュなど、ムーミン以外の彼女の作品が見られたことだ。肖像画からはさっぱりした性格が感じられる。自分を美化していないところも良い。陰鬱な空の下でピクニックをする数人の男女を描いた小さな風景画には、非現実的な不思議な魅力がある。
トーベの芸術と人生からインスピレーションを得た現代アーティスト9人(8組)の作品も、共に展示されている。自然と人間の関係についてなど、トーベと共通点があり、トーベの作品の隣に展示されていても違和感がない。中でも、トーベの文学作品からインスピレーションを得たという米国人アーティスト、エマ・コールマンの、植物と動物と人間を組み合わせた水彩画が印象に残った。
子どもの頃からどこにいても居場所がないと感じていたトーベには、弱い者への共感がある。ムーミンが世界的に評価された背景には、トーベの世界観の広さがある。平和主義者でもあった。トーベの姪で、ムーミンの著作権を管理するムーミンキャラクターズ社会長、ソフィア・ヤンソンさんは、展覧会のオープニングで、「トーベが本の中で言っていることは、今の私たちに必要なこと」と語った。10月29日まで。会場はパリ11区にできたギャラリー。入場無料だが、予約が必要だ。(羽)
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Adresse : 8 impasse de Mont-Louis , 75011 Paris , Franceアクセス : Philippe Auguste
12 h -20h 月は休館。無料、要予約。