殺風景なパンタンの国道沿いに、2012年、展示面積2000平方メートルの巨大なアート空間が出現した。19世紀の金物製造工場を改装した、現代美術のギャラリー「タデウス・ロパック」だ。国際美術市場の調査やネットオークションを行うサイト「アートネット」から、世界の14メガギャラリーの一つに数え上げられる著名ギャラリーである。2009年には、英国の美術誌「アート・レヴュー」で「欧州で最高のギャラリーの一つ」と評価された。
オーナーのタデウス・ロパック(1960―)はチロル地方生まれのオーストリア人。高校生の時、教師の引率で訪れたウィーンの美術館でヨーゼフ・ボイスの作品を見てショックを受けたのが、この道に入るきっかけとなった。21歳にしてリンツに画廊を設立。この頃ボイスのベルリンでの展覧会のインターンも務めた。その後渡米。ボイスに紹介されたアンディ・ウォーホルがジャン=ミッシェル・バスキアに引き合わせてくれ、そこから欧州では知られていなかった米国現代美術家との人脈ができた。ボイスの紹介とはいえ、無名の若者がそれほどの幸運を掴むのは珍しい。アートニュース・ペーパー紙のインタビューで、ロパックは、(スロヴェキア移民の子である)ウォーホルが、「同じ中欧出身者」としてロパックに興味を持った、と語っている。
現在はパンタン、ザルツブルク、パリ(マレ地区)、ロンドン、ソウルにギャラリーを持ち、ボイス、ウォーホル、ヤン・ペイミン、ギルバート&ジョージなど約70人の作家を扱っている。
パンタンのギャラリーは天井が吹き抜けで、巨大な作品を展示することができる。開催中の「アンゼルム・キーファー 詩人へのオマージュ」展は、パリのグランパレ・エフェメールで1月11日に終わったキーファー展の続編だという。植物の茎、陶器の破片などを入れ込んだ厚みのある画面は暗い。キーファー作品には不安にさせる要素があるが、白で統一され、天井から光が入る明るい会場で見ると、その不安感が少し違った形になる。
印象に残った作品に、旧約聖書のダニエル書を題材にしたDaniel 3.9-97 Schadrach, Meschach, Abed-Negoという絵がある(下画像)。題名にあるシャデラク、メシャク、アベデネゴは、西暦前600年頃、ユダ王国が新バビロニア王国に滅ぼされた後、バビロニアの首都バビロンに強制移住させられたユダヤ人の若者の名前だ。王ネブカデネザル2世の偶像を崇めよという命令に従わなかったために、王の怒りを買い、燃えさかる炉の中に投げ込まれたが、神の加護により縛っていた縄が解け、炉の中を無傷で歩いたという話である。
画面いっぱいに大きく描かれた建物は、廃墟のようにも城塞のようにも見える。周りに人はなく、建物の中の様子も見えない。夜の闇の中で輝く金粉は、炉から飛び散る火の粉の象徴だろうか。それとも王を崇めることを拒んだ3人への神の祝福か。聖書の話を知らずにこの絵を見れば、世界が崩壊した後の希望を表しているように見える。(羽)
Gallerie Thaddaeus Ropac
Adresse : 69 avenue Du Général Leclerc, 93500 Pantin , FranceTEL : 01 55 89 01 10
アクセス : Eglise de Pantin(徒歩12分)、RER のE線Pantin駅から徒歩8分。
URL : https://ropac.net/
paris.pantin@ropac.net