
「LE PARIS D’AGNÈS VARDA de-ci, de-là」展
先史時代から現代までのパリの歴史を貴重な所蔵品で辿るカルナヴァレ博物館が、アニエス・ヴァルダ撮影の写真を紹介する展覧会を開催中だ。
ヴァルダは『冬の旅』や『幸福(しあわせ)』を撮った巨匠として名高いが、写真家やヴィジュアル・アーティストの顔を併せ持ち、生前は本人も事あるごとに強調していた。今回は特に最初の職業でもあった「写真家」としての仕事に焦点を当てる。パリの街はヴァルダ作品の中でいかに表現され、どのようにインスピレーションを与えてきたかを辿ってゆく。
1951年から亡くなる2019年まで、ヴァルダは長きにわたってパリ14区のダゲール通りの住人だった。通りの名前が19世紀に活躍した写真家ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールを冠していたのも、偶然以上の因縁を感じさせる。

ピンクの壁に囲まれたダゲール通り86番地の自宅は生活拠点であり、同時にクリエーションの場。中庭までフル活用し、撮影スタジオや暗室、写真展の会場としても機能した。自身の映画作品やインタビューの場所にもよく登場したので、フランスで最も有名な映画監督の家であったと言っても過言ではないだろう。
物をため込むタイプのヴァルダは、家のどこに何をしまったかが晩年にはよくわからなくなっていたようだ。ヴァルダ亡き後、娘のロザリーさんは荷物整理を開始。膨大な量につき、整理に2年以上かかったという。だが、おかげでパゾリーニを写した短編フィルムなどの思いがけない発見も。今回の展示では、初めて陽の目を見る貴重な写真も多く含まれる。
初期の1950年代の写真からは、すでにヴァルダらしさが感じられる。セーヌ河岸の鉄の錨のコンタクトプリント(ベタ焼き)や、井戸の上に置かれた奇妙な石像の写真など、彼女が生まれたベルギーと縁が深いシュルレアリスムの精神と通じるものだ。その視線は日常の裂け目から驚異的な超日常を眺めている。
近所に住んでいた、モビールでおなじみの現代美術家アレクサンダー・カルダーや、写真家の仕事を斡旋してくれたアヴィニョン演劇祭の始祖ジャン・ヴィラールなど、家族ぐるみの付き合いがあった芸術家ファミリーの微笑ましい写真も。ヴァルダの人物スナップはふとした一瞬がいい。

映画『道』の上映でパリに滞在中だった、若くても貫禄たっぷりのフェデリコ・フェリーニや、ジャン=リュック・ゴダールとの結婚式の日に幸せそうな笑顔を見せるアンナ・カリーナなど(上の写真)、映画史の裏側がのぞける写真は映画ファンに感涙ものだろう。シャンゼリゼ通り近くに宿泊中のフェリーニを、凱旋門ではなく、わざわざヴァンヴ要塞の瓦礫の前に立たせたところにヴァルダの才がある。観光地的な美しさより、常に歴史をくぐり抜けた建造物のファサード、さりげない庭園や石像、そしてパリに住む住民などの“本物”に目を向けていたのが、展示全体から感じられる。
展示にはわかる限り、撮影されたパリの通りの名が記載されたので、土地勘がある人はさらに楽しいはず。映画に関しては、当然ながらパリ撮影の作品を取り上げた。ほぼリアルタイム進行でパリを活写する『5時から7時までのクレオ』はもちろんのこと、『歌う女・歌わない女』『ダゲール街の人々』『アニエスの浜辺』、短編は『マクドナルド橋のフィアンセ』『オペラ・ムッフ』や、あまり知られていないCM作品などがあり、撮影地もわかる。

会場にはダゲール通りで写真家ブラッサイを撮影する若き日のヴァルダの姿を写した映像も流れる。体は小さくとも物怖じせず、なんなら巨匠を少し雑に扱ってる感さえある姿は、すでに大物感でいっぱいだ。
映像 ☞ www.ina.fr/ina-eclaire-actu/video/i09224058/agnes-varda-photographe-rue-daguerre
自宅2階に設置していた撮影スタジオの再現もある。壁には黄金に輝く木製の天使の羽が飾られていた。これは撮影モデルに付けてもらうものだが、今のインスタ用のアイデアを半世紀以上前に自然にやっていたように見えなくもない。この自宅スタジオで、カメラを前に振り向く凛々しいセルフポートレイトは、展覧会のポスターでも使われた。自宅から蔵出しされた貴重な資料を追うのも楽しく、単なる写真展をはるかに超えた内容の濃い展覧会となっている。(瑞)2025年8月24日まで


使われた「クレオのノート」。


☞以下の記事も、あわせてお読みください。

Musée Carnavalet – Histoire de Paris
Adresse : 23 rue de Sévigné , 75003 Paris , FranceTEL : 01.4459.5858
アクセス : Saint-Paul
URL : https://www.carnavalet.paris.fr/
15€/割引13€、常設展は無料。月休、10h-18h。
