みんなで育てる、ローマンヴィルの菜園ビル。
住宅街の真ん中に現れたガラス張りの大きな建物「シテ・マレシェール」。その名のとおり、なかは菜園。暖房は使わず、自然光で野菜を栽培する温室ビルだ。
階や棟によって日当たりも違うので、それに応じてレタス、トマト、ナス、ズッキーニ、香草などを栽培する。果樹は植えられないが、イチゴやラズベリー、地下にはアンディーヴやシイタケ栽培所もある。
今、都市部のビルの屋上が菜園になったり、使われなくなった地下駐車場がキノコ栽培場になったりと都市農業が広がっているが、ここローマンヴィルのシテ・マレシェールで作られた野菜は住民が買うことができ、建物の一階にあるカフェではそれが料理され、味わうこともできる。
でもそれだけではない。住民は料理教室、お菓子教室に無料で参加でき、隣の老人ホームや周辺の学校の子どもたちが野菜作りやコンポスト(堆肥)の管理にやって来る。子どもたちはそれらの活動を通じて人との交流、ムダをなくすことを学び、食や環境を考えるきっかけを得る。失業者にとっては菜園での仕事が社会復帰のひとつのステップとなるなどの役割も担っているのだ。
オープンから1年半。多くの人々が集うようになったシテ・マレシェールを訪ねた。(集)
La Cité Maraîchère à Romainville
「みんなで育て、体験し、発明する場」
「グラン・パリ大首都圏計画」と2024年のパリ五輪を前に、セーヌ・サン・ドニ県の再開発が盛んだ。なかでも来年、メトロ11号線、その後トラムウェイが乗り入れ、近隣3市とケーブルカーで結ばれる計画もあるローマンヴィル市では、新しい文化施設、社会的なプロジェクトが次々と形になっている。
10月、温室最上階では背の高いトマトやナスが葉を広げ、実をつけていた。ミツバチの巣箱も置いてある。「シテ・マレシェール」の活動は、野菜栽培、マルシェ、カフェ、栽培教室。そして継続可能な食や、環境について識者や関連職に就く人々の話を聞いたり、意見交換する〈アトリエ〉 、人気の料理・お菓子・手作りコスメ教室など。ディレクターのユナ・コナンさんが、「シテはまず第一に社会的なプロジェクト。誰もが参加できる場所にしたい」と言うとおり、活動は、ほぼ全て無料。経済的な負担が少ないから家族全員でも参加しやすい。
シテが建つのは、60年代に造られたマルセル・カシャン住宅街。「350㎡の(限られた)土地に菜園を」という制約が、ビル型の菜園誕生につながった。しかし「ビルとなると必然的に影になる部分が生じるから、2つの棟は4階建てと7階建で高さと幅も変えて影の部分を減らし、内部は中央を吹き抜けにして極力、下階へも光が届くように設計しました」と建築家のヴァレリアン・アマルリックさん。屋根の上に気象観測装置を置き、その情報で湿度(60〜80%)や温度が窓やシールド開閉で制御され、水やりもプログラムできる。冬は10℃〜15℃(5℃以下にならないよう暖房はある)、夏は25℃〜30℃。屋外の畑よりも栽培期間が前後2、3ヵ月ほど長くできるのが強みだ。
栽培責任者エティエンヌ・サイさんは、「シテの野菜では住民の需要はもちろん満たせない。でも、街の緑化、植物との触れ合い、地産地消など、これから都市に生きていく上で必要なことを実践しているのが都市農業」と、この仕事に惹かれる理由を語る。もちろんメリットばかりではない。「普通の農地なら意志があれば農業が始められますが、都市部では土地は団体や企業の所有であることが多く、土も、農業残渣(ざんさ)処理も企業に依頼するなど、多くの人や企業などが歩調を合わせないと成立しません」。
イル・ド・フランス地域圏の気候は野菜作りに適し、ここセーヌ・サン・ドニ県は昔から野菜作りが盛んだったが、なかでもローマンヴィルはトップの生産地だったという。
そんな歴史と現代のニーズが出会ったかのように、市内では他にも6ヵ所ほどの都市農場計画がある。かつて石膏の採掘と大きな製薬会社の発展により町がうるおい住宅が多く建設されたローマンヴィルは、60年代に採掘が終わり、80年代になって製薬会社が移転すると町はベッドタウンに。
失業率は2019年で17%と高く(全国平均10.7)「シテ・マレシェール」は市の地域再生プロジェクトでもある。シテにいると、壁に書かれた「みんなで育て、体験し、発明する」というモットーが、実現されているかのように見える。ディレクターさんにオープン1年半の思いを聞くと「チームで仕事をすることや多くの人たちの参加で、様々なアイデアが出てきたり、期待以上です」。
Cité Maraîchère de Romainville
6 rue Albert Giry 93230 Romainville
www.lacitemaraichere.com
行き方☞ バスN°318の Les Noyers停留所下車すぐ。バス318はChâteau de Vincennes/Robespierre/ Gallieni/Pantin Raymond-Queneauなどの
地下鉄駅で乗ることができる。
ガールズパワーみなぎるカフェ・食堂。
Cheffes(シェフ)
シテの入口を入るとすぐ、明るいカフェがある。1日ノンストップで営業していて、食事の時間帯ならシテで採れた野菜や香草を使った料理が食べられる。シテ内で栽培されたものが、使う食材の6割ほどを占めるそうだ。
アワさん(写真左)は料理を担当、ロランヌさん(中央)はスイーツ。レアさん(右)はコミュニケーションやイベントを仕切る。もちろん、他にもスタッフはいるが、「接客から料理、片付け、すべてをやるわよ」。各テーブルには小説家、男女同権を掲げる政治家、アルジェリア独立運動のレジスタントなど女性のポートレートが置かれている。当店 「Cheffes(リーダーchefの女性複数形)」は、ガーズルパワーみなぎるフェミニスト・カフェなのだ(もちろん男性も歓迎)。「エコ・フェミニズム」をテーマにした夜のイベントは、討論会があったり、女性のラップ歌手たちが歌ったり、テーマに沿った絵を展示したり。「フェミニズムがテーマのカフェがやりたかったけれど、オープンから1年でこんなふうにプロジェクトが実現できるとは思わなかった。嬉しい!」とレアさん。
3人のシェフがキビキビと夢を形にしてゆく姿は、来店する子どもたちの女性観を形成することになるだろう。今では外部イベントにケータリングをしたり、住民が無料で参加できる料理とお菓子のアトリエで教えたり、「シテ」の盛り上がりには欠かせない人たちだ。
Cheffes
前菜+主菜または主菜+デザート=13.50€
アントレのみ4€、主菜のみ9€。グラスワイン、ビールなど4€。
@facebook_cheffes
火木 9h30-17h 水 -19h 金土 -23h30 日 11h30-16h
みんなが有機野菜を買えるよう、収入により値段を変える。
シテ内の小さなマルシェ。
毎週水曜日の夕方、建物内で採れた野菜が販売されるというので行ってみた。開始の15分前だというのに、すでに20人ほどがミニマルシェの入口前で待っていて、サヴァ?ウィ、サヴァ、エヴー?! と挨拶が交わされている。聞けば「毎週来ている」という人が多かった。高齢の女性が7割、ひとりで来た中年や若い男性、小さい子連れ、カップルの姿も。登録すればマルシェに出る野菜のリストがメールで配信されるが、市が開かれる1階の「アトリエ」の入口前にもリストが掲げられる。
市が始まる前に、スタッフが一言。「しいたけとプルロット茸はたくさんありますが、他の野菜は、お一人一袋のみにして下さい。仕事を終えてから買いに来る人もいるので、その人たちにも残してあげましょう」。有機栽培野菜は高いから買わないという人にも、ここの野菜を食べてもらいたいと、市は収入により値段を設定。Quotients(収入指数)を1〜9段階に分け、ランジス市場が週ごとに出す有機野菜価格を定価とし、レベル1〜4および学生は定価から−75%(D料金)。5と6は−50%(C料金)。7と8は−25% (B料金)。9とそれ以上は定価(A料金)で買う。初めてここで買い物をする時にAからDのうちどれかのカードをもらい、2回目からはそれを見せて支払うのだ。
買物の後、白髪混じりの男性は「今日はミニトマトでサラダ、しいたけはリゾット」と買物袋の中を見ながら晩の献立を教えてくれた。
Marché : 水 17h-19h (収穫が多い時期は土12h-13hも)
Visite 菜園ビル内見学:水17h30、18h15。無料。
「建築家にとって何より嬉しいのは、コミュニティーが形成されること」
建築事務所ilimelgo ヴァレリアン・アマルリックさん
2022年度 「ミース・ファン・デル・ローエ賞 (EU現代最優秀建築賞)」にノミネートされたシテ・マレシェールの建築。設計にあたったのは建築事務所イリメルゴのヴァレリアン・アマルリックさん。2016年の建築コンペで選ばれた。
同事務所は他にも都市農業施設を手がけているが、専門家を標榜するつもりはない。なぜなら「都市農業、学校、住宅、オフィス…というように建築を分類するよりも、むしろ建築によってそれらをいかに結びつけるかが大切だからです。環境、植物、社会的な人々のつながりなどの視点を持って建築を考えることも必要」。
このプロジェクトで感じたのは「設計した場所で人々が集い、コミュニテイーが形成されることが、どんな建築の賞よりも嬉しい、ということです」と語ってくれた。