
タイトルはスペイン語で「孤独な午後たち」の意。ヘミングウェイの闘牛に関する書物 『午後の死』から取られたようだ。だが、ガイドブック的で説明の多い文豪の本とは違い、本作は説明を潔いまでに排除。若き闘牛士の一挙一動に肉薄する。
シャツにネクタイ、その上に金の刺繍が施された衣装のアンドレス・ロカ・レイ。緊張の面持ちで、試合へ向かう車に乗り込む。並外れた勇気と技で、スペインの闘牛場を沸かせる数少ないスターだ。寡黙な彼が心から対話するのは、祈りを捧げる神だけに見える。地上の喧騒を振り切り、たった一人で猛牛に立ち向かう。サイズも性格も異なる牛を前に、毎回が真剣勝負。何度でも胸を張り、睨みをきかせ、赤い布をはためかせる。見ているこちらは、恍惚の催眠状態に誘われる。

『ルイ14世の死』『パシフィクション』などのフィクション作品で知られるカタルーニャ出身のアルベルト・セラ監督が、珍しくドキュメンタリーに挑んだ。途中で危ない場面もあり、傍を死神が通り過ぎる。
思えば現代は、晴れ舞台でも首を傾げたくなる戦い方が散見。先のパリ・オリンピックでも、「勝てば何してもOK」というアスリートもいたように思う。そんな戦い方に見慣れた身には、命がけでアリーナに立ち、「闘牛道」を愚直に守るロカ・レイは、異次元の存在に感じられる。時代錯誤的な美とデカダンスを漂わせているのだ。
牛のひづめ。破けた衣装。広がる血だまり……。さらに闘牛士の狂気や威厳、圧倒的な孤独まで映り込む。ピカソやコクトー、フランチェスコ・ロージら闘牛に惹かれた芸術家に続き、セラもその秘密の森の奥に分け入った。サン・セバスチャン映画祭では最高賞である金の貝殻賞を受賞した。(瑞)

