
カーンから、オルヌ川とカーン運河が北東に延び、英仏海峡へと注ぐ。河口の町がウィストレアムだ。漁民が村落をつくったのがこの町の始まりだそうで、ちょっと変わった町名の語源も 「oyester-hamカキの獲れる村」。さっそく、毎朝港に立つ魚市場へ。肌を刺すような海風のなか、新鮮な魚介類を客が品定めしている。食欲を刺激され、市場の前のレストランL’Ardoiseで、灯台を眺めながらカキやツブ貝で乾杯。量もたっぷりのエイのヒレやホタテでお腹がいっぱいになったら観光だ。

ノルマンディー公国時代の史跡は、住宅地の中心のサン・サムソン教会にある。カーンにマティルド王妃が建立(1060年頃)した聖トリニテ修道院の領地となったウィストレアムの住民は、修道院への貢租として多く農産物を納めていた。それらを貯蔵した大きな納屋が残っているのだ。
ウィストレアムの海岸線がコート・ド・ナークル(真珠母海岸)と呼ばれ、高級別荘地として人気を博すようになるのは、鉄道が敷かれた19世紀。カーンのコルセット業者が1866年、まだ一帯が砂丘だった海辺に別荘を建てたのが契機となった。別荘の屋号Belle Rive(美浜亭)がイタリア風にRiva Bellaとなり、今は町全体が 「ウィストレアム=リヴァ・ベラ」と呼ばれる。

しかし今日多くの人々がやって来るのは第二次世界大戦中の1944年6月6日、ノルマンディー上陸作戦 (オーバーロード作戦)が決行されたビーチを見るためだ。ウィストレアムの浜は別名 「ソード・ビーチ」。連合軍が練った、ビーチごとの作戦の暗号名だ (上陸作戦の浜は西からユタ、オマハ、ゴールド、ジュノー、東端がここソードビーチ)。ここはフランス人部隊が上陸作戦に参加した唯一の場所で、177人のフランス人部隊を率いるキフェール指揮官は、上陸後、ドイツ軍がブンカーとして使っていたカジノへと戦車で攻め寄りドイツ兵たちを降参させ、カーン奪還のため南下した。町にはそのソード作戦を解説する博物館と、独軍が司令塔としていた鉄筋コンクリート5階建ての建物を独軍の動きがわかる 「大西洋の壁」博物館にしたものがある。記念碑やブンカー、ビーチに置かれた”竜の歯”(戦車や歩兵の移動を妨げるコンクリートの障害物)など戦争の記憶が、町の随所に大切に保存されている。(集)

◉国鉄カーン駅前のバス停留所から12番か12EX (エクスプレス)で30分 (以下、12番の停留所記載)。運河沿い14kmをカーンからシェアサービスの自転車で行きウィストレアムで返却も可能だが風が強いとこぐのが大変!
◉ウィストレアム観光局サイト
caenlamer-tourisme.fr
◉ソード作戦博物館
Musée du N°4 Commando Franco-Britannique : Pl.Alfred Thomas
2/8〜11/11の10h-13h/14h-18h30。5€/3€/10歳未満無料
www.musee-4commando.fr
バス停:Ouistreham-Riva-Centre
◉ドイツ軍 「大西洋の壁博物館
Musée du Mur de L’Atlantique –
Le Grand Bunker:Av.du 6 juin
4月〜9月:9h-19h。他の時期はサイトで確認。8.50€/6.50€
https://museegrandbunker.com/
バス停:Général Leclerc
◉L’Ardoise (ホテル・レストラン)
1 Pl. du Général de Gaulle
Tél:02.3197.1216
毎日 11h – 14h/18h-21h
バス停:Ouistreham-Port

