
3月末、ノルマンディー地方の文化都市カーンの上空に祝祭の花火が上がり、「カーン千年祭」の幕が切って落とされた。今から千年前、1025年の公式文書にカーンの町の名「Cadomus」が初めて登場したことに由来する。当時、いくつかの小さな村落の集まりにすぎなかったカーンは、この時代から大きく発展してゆく。
オルヌ川とオドン川が合流し、穀物や海産物が豊かなカーンは、町の中心の港からオルヌ川をたどれば海まで14km、イギリスまでは180kmという戦略的な位置にある。建材となる 「カーンの石」は足元で豊富に採れた。第7代目ノルマンディー公ギヨームはこの地に修道院、そして高台に城を築き、1066年にはイングランドに攻め入ってハロルド2世を討ちイギリス国王に即位。「ギヨーム征服王」と呼ばれるようになる。

ギヨーム2世。足元には、矢が目に刺さって横たわる英国のハロルド2世。
Chronica monasterii de Pipwell. (Harley Ms 264, fol. 145 – Angleterre, 1639-1643 © The British Library – Domaine public – www.bl.uk)
今年いっぱい続く 「千年祭」では、カーンとその周辺、海辺の町ウィストレアムまで48の市町村の名跡を舞台に、千年の歴史を思い起こさせるツアーやスペクタクル、インスタレーションなどが行われる。市民が準備に参加するオペラ・パレードや、パリ五輪でもお目見えした19世紀の大帆船べレム号がカーン港にやってきて、多数の船と海までパレードが行われるなど、華やかなイベントが祭を彩る予定だ。この機会に、千年の古都カーンを歩いてみよう。(六)

ギヨーム征服王の都、カーン。

カーンの街を歩いていると、城や修道院など、ギヨーム2世(1027-87)とマティルド(1031-83)ゆかりの建物や、中世の家々が多いことに気づく。第二次世界大戦中の1944年6月6日の晩から6週間続いた「カーンの戦い」で、町の7割が破壊されたという話に、近代建築ばかりの街並みを想像していると、嬉しく裏切られることになる(最近では、破壊は3分の1程度だったとの説もある)。
欧州最大規模のカーン城砦内には、カーン美術館、ノルマンディー(民俗・歴史)博物館の建物と分館、教会跡などがある。このほど、千年祭の開幕とともに受付パビリオンがオープン。周辺には木が植えられ、彫刻が配置され、5ヘクタールの緑の公園に大変身を遂げた(以前は無料パーキングだった)。城砦内には無料で入れ、城壁からはカーンの街が360度見渡せる。ギヨーム公が千年後のカーン市民に遺した最高の憩いの場だ。


ギヨーム2世が1051年、フランドル公の娘マティルドと結婚する時、ローマ教皇はふたりが遠いいとこであることを理由に認めなかった。でも、ふたりがそれぞれ女子修道院と男子修道院を建立すれば結婚を認めることになったので、修道院の建設が始められた。城も同時期に着工したため、工事のために多くの人がカーンにやってきた。修道院は町の人にとっては単なる信仰の場ではなく、職をもたらし、学び、飢饉の際には保護を受けられる〈よりどころ〉のようなものだったという。カーンは、当時すでに大聖堂が置かれていたルーアン、バイユー、リジューのような、ノルマンディー公国の重要都市のひとつとして発展してゆく。
そんな時期、1066年に、ギヨームが6千人の兵士を従えてイギリスのハロルド2世との対決で勝ちイギリス国王となったのが、かの有名なバイユーのタペストリーに刺繍で描かれた「ヘイスティングの戦い」 だ。

マティルドは病で1083年に、ギヨームは1087年に亡くなった。ノルマンディー公・公妃として首都ルーアン、あるいはイギリス国王・王妃としてウェストミンスター寺院に葬られることを希望すればそれも可能だったが、ふたりとも、自分たちが築いた町の、それぞれが建てた修道院に埋葬されることを願った。教科書のなかの名前でしかなかった「ギヨーム征服王」だったが(イギリスを征服したあとの残虐行為はひどかったそうだが)、カーンの町を歩いて、はじめて、「人」として感じることができた。


◉ Abbaye-aux-Hommes (男子修道院)
今は市庁舎となっている「男子修道院」。ローマ教皇が、ギヨーム2世とフランドル公の娘マティルドとの結婚を、ふたりがそれぞれ修道院を建立すれば認めるとしたため、ギヨーム2世が建てた男子修道院だ。
千年祭のためには Scriptorium (写本室)で 「カーン一千年の歴史」展。Cadomus (カーンの旧名)と記述された1025年の証書、ローマ教皇の大勅書、カーン市長がナポレオン皇帝に送った金と銀の町の鍵ほか千年の歴史を象徴するものが登場する。5/11まで
Esplanade Jean-Marie Louvel
14000 CAEN
6€(市庁舎見学含む) / 18-26歳は3€ (en période d’exposition temporaire) / 18歳未満無料。
月〜木:8h-18h、金:8h-17h
土日と学校休暇:9h30-13h / 14h-18h



▶︎ Pierre de Caen カーンの石
「カーンの石」はカーン周辺で採られる石灰岩で、カーン城砦や男子・女子修道院をはじめ、ノルマンディーだけでなくブルターニュでも建材として多用された。黄色味を帯びた白い石で、カーン独特のものだが、ギヨーム2世はイギリス征服後、ロンドン塔、ウィンザー城建造にもこの石を使った。ギヨーム亡き後もウェストミンスター寺院、セント・ポール大聖堂、ニューヨークのセント・パトリック大聖堂、ワシントン大聖堂にもカーンの石が使われている! 採石場は町の地下に40ha、地上にも40ha広がる。第二次世界大戦中には防空壕として住民が避難した。
◉ Abbaye-aux-Dames(女子修道院)
ローマ教皇に、ギヨーム2世との結婚を認めてもらうために、マティルド妃が建立した女子修道院。マティルダ妃の亡骸が眠る。右の写真手前のガラスで覆われている部分がマティルド妃の墓。
Place Reine Mathilde
14000 Caen
1/1、5/11、12/25を除く毎日9h30-12h/14h-17h30 週末は14h-18h。



【パリからカーンへの行き方】

◉パリからカーンへは、電車ならパリ・サン・ラザール駅から直行2時間前後。
長距離バスもほぼ1時間ごとにあり片道10ユーロ前後。所要時間3時間程度。
◉カーン市内はトラムウェイ(路線図リンク)が1-3号線まであり、移動がスムーズ。
チケットは携帯電話でも購入可。
93500にSMSで 「1H」と送れば1時間乗り放題チケット (1.6€)、「H24」なら24時間乗り放題チケット (4€)。
駅から城までは徒歩だと5分くらい。

◉ Château de Caen (カーン城砦)

国鉄 Caen駅からはトラムウェイでSaint-Pierre / Château-Quatrans/Université。
城砦内の公園は毎日 7h30-22h30。入場無料。
以下、城砦内にある施設いくつか:
▶︎ Musée de Normandie(ノルマンディー(民俗・歴史)博物館)

ノルマンディー博物館サイト : musee-de-normandie.caen.fr
☞ Salle de l’Échiquier:
ノルマンディー公国時代にレセプションの広間として使われていた建物(サル・ド・レシキエ)の内壁いっぱいに、カーン千年の歴史を語る映像を映写。
12/31まで。入場無料だが要予約。
【Informations】
Salle de l’Echiquier は9h-18h開館。
歴史映像映写は11h-18h (1時間に1回映写。15分)。
☞ Salles du Rempart:
千年祭特別展 “Par tous les dieux!” (4/5-9/28)
ギリシャ、ローマ、ガリア、そしてそれに取り込まれた他文化圏の神々。
多くの神々を私たちはきちんと知っているだろうか。
また芸術はどのように表現してきのか?
【Informations】
月休。火〜金:9h30–12h30/13h30–18h。土日:11h – 18h。
(7-8月は月曜も開館。9h30-12h30/13h30-18h)
入場料:7€/5€

▶︎ Musée des Beaux-Arts de Caen(カーン美術館)

16〜20世紀絵画と版画コレクションで欧州でも屈指の美術館。
ブールデル、ロダン、モルレらの作品を置く近代彫刻の庭も。
〈特別展〉
“L’eau-forte – Outil du peintre de Parmesan à Tiepolo”「パルミジャーノからティエポロまで画家の道具:エッチング」展
7/20まで。16〜18世紀イタリアでパルミジャニーノ、ティエポロまでが多用したエッチングについての展覧会。
“L’horizon sans fin”「果てしない地平線」展
5/10〜10/5。

【Informations】
月休。火〜金:9h30–12h30/13h30–18h、土日: 11h–18h。
5€/4€/26歳未満無料 (常設+特別展)
※併設カフェ・レストラン Le Mancelには「カーン風臓物煮込み Trippe à la mode de Caen」があるのでぜひお試しを!
月火と日曜夜休み。
水〜土 : 9h-14h/14h-19h (カフェ)/19h-22h。
日: 9h-14h/14h-19h (カフェ)

特集はほかにも:
☞ カーン千年祭ハイライト・イベント
☞ カーンからウィストレアムの海辺へ
を掲載します。おたのしみに!


Château de Caen
Adresse : Château Ducal , 14000 Caen , FranceTEL : 02 31 30 47 60
アクセス : 国鉄 Caen駅からはトラムウェイでSaint-Pierre / Château-Quatrans/Université。
URL : https://musee-de-normandie.caen.fr/
城砦内への入場は無料。城砦内にある美術館、博物館はそれぞれ上記インフォメーションを参照。
