樹木を伐採し筏(いかだ)に積み、40km離れたロジエール・オ・サリーヌの製塩所までムルト川を運ぶ。これが昔のバカラの主要な経済活動だったという。塩分を含んだ地下水を煮詰めて塩を析出する製塩所は、大量の薪を必要としたからだ。その製塩所が閉鎖され木が売れなくなった時、メッス司教モンモランシー・ラヴァルが思いついたのがガラス製造所の開設だった。
1764年、国王ルイ15世から許可を得てガラス製造が始動する。その後、ベルギーでクリスタル工場を経営していたエメ=ガブリエル・ダルティーグがこの工場を買い1816年からクリスタルを造るようになり、バカラ・クリスタルの歴史が始まった。
世界的に有名な「バカラのクリスタル」を製造するバカラ町は、フランス東部ムルト・エ・モゼール県にある。タテに細長い同県は、北端はルクセンブルク、ベルギーと国境を接し、中央にナンシー、バカラは県の南端に位置する。人口は4千人ほど、緑ゆたかな町のなかをムルト川が流れている。
昨秋、改装オープンしたクリスタルのミュージアムへ行ってみよう。260年前からここで創られたクリスタルの粋が展示されている。新鮮なのは、町にもクリスタルがそこかしこに、意外な表情で登場することだ。さすがは本場、なのだ。(六)
クリスタルとともにある町、 バカラ。
バカラにあるバカラ美術館がリニューアルオープンした。そこで開催中の”La joie de vivre des grands de ce monde depuis 1764″ 展は、世界の貴人たちが愛用したクリスタル製品660点でバカラ社の260年間のあゆみをたどるものだ。
展示中央の大テーブルには上得意客だったロシア皇帝ニコライ2世のテーブルウェア、フランスのエミール・ルーべ大統領が発注し今もエリゼ宮で使われている「ジュヴィジー」、シャム王妃の繊細なグラス一式などが並ぶ(上の写真)。あたかも、これから首脳たちの会食が始まるかのようだ。明治天皇の席もあり、菊の紋入りグラスが置かれている。これはバカラが日本の皇室のために作った「ボーヴェ」セットの一部で、酒器、茶器、ご飯茶碗、皿などで構成されていたという。
ルイ18世、シャルル10世、ルイ=フィリップらフランス国王からの注文で「王たちのクリスタル」とも称されたバカラは、このように外国の王室も顧客とした。数々の万博でも好評を博したが、並行して「19世紀から営業スタッフが日本へも赴いていたんですよ」と、当館責任者のアナベル・フェリさん。展示はジョセフィン・ベイカーのテーブルウェア、トルーマン・カポーテ愛用のペーパーウェイト、ハサミの絵が彫られたココ・シャネルのクリスタルの皿……80年代のフィリップ・スタルクとのコラボレーションによるブランド刷新から今日へと続く。
バカラは生産共同体
美術館を出て県道をわたるとバカラの工場がある。工場は中庭を囲むように、工場長の邸宅、工員住宅と向き合って建っていて、一角にはかつて工員さんたちの冠婚葬祭が行われていた礼拝堂もある。今、美術館になっている場所は昔、工員のための託児所だった。下の1900年の俯瞰(ふかん)図をみても、バカラの工場は町そのもの、生産と生活が一体となった共同体だ。工場の屋根のてっぺんにある鐘(上写真の中央)は、かつて溶鉱炉でガラス種の準備ができたことを知らせるものだった。鐘が鳴ると吹きガラス職人が出動した。だから工場に隣接する工員住宅には主に吹きガラス職人が住んだという。工員住宅には今も工員さんたちが住んでいて、前の中庭で遊ぶ子どもたちの姿を見かけた。
炉は昔も今も24時間稼働し、8時間3交代制。大戦時ドイツ軍がバカラを占領し工場を捕虜収容所とした時以外は、260年間燃え続けている。今日も620人ほどの社員が働くバカラには、MOF最優秀職人章を持つ職人が12人、なかには高温ガラス成型部門と成型されたガラスを彫る部門の両方の受章者も。芸術文化勲章シュヴァリエ受勲者2人、最優秀研修生も10人いて、工場の、バカラの町の、誇りとなっている。
◆ Collection Baccarat – Musée patrimonial :
13 Rue du Port 54120 Baccarat
Tél:03.8376.6137 www.baccarat.fr
6/14まで月休、10h-18h。
6/15~9/15は無休10h-18h。
8€/4€/12歳未満無料。
Café Collection(バカラ美術館内)
クリスタルは見るだけでなく使いたい!という人は、新設 「カフェ・コレクション」へ。ワイン、カクテルほか、それぞれの飲物に適したグラスでサーブされる。ここではコーラさえも、クチュリエのラガーフェルド式に「アルクール」のグラスに レモン一片と氷1個を入れて飲むのだ。
地方料理をアレンジした軽食、デザートには (ババの)「ババカラ」など。ショップにはバッグ、文房具などの小物も。クリスタルには手が届かなくても、何かしら思い出の品が買えそうだ。ちなみに 「アルクール」グラスのカフスボタンが買えるのはこのショップのみ。カフェからの眺めも、ムルト川と木々、市庁舎…おそらくこの町最高の風景です。
火~日:10h30-18h
150色のクリスタルが輝くサン・レミ教会
Église Saint-Rémy de Baccarat
バカラのサン・レミ教会は、なんといってもクリスタルのステンドグラスが有名だ。コンクリートの壁にはめ込まれたクリスタルのパーツは2万個、色は150色におよぶ。19世紀に建てられたが、第二次大戦中に連合国軍が空爆で破壊、1953年から57年にかけて再建された。鉄筋コンクリートの教会はオーギュスト・ペレのル・アーヴルのものが有名だが、この教会はペレの弟子ニコラ・カジスと、地元の建築家ラクネールのふたりが請け負った。
教会本体は、〈バカラ再建のためにやってきたノアの方舟〉をひっくり返したイメージだという。高さ55mのとんがった鐘楼はその舟を係留する係船柱。教会は正面入口側から見ると本を開いたような形で、これは旧約聖書とキリスト、イスラム、ユダヤの三宗教を表している。屋根にある仏教寺院的な要素は、〈宗教の共存〉のシンボルだという。カトリックの教会に他宗教を迎え入れる建築家たちの意図に共感をおぼえた。
教会内はカトリックの「三位一体」を象徴する三角形を基本に構築されている。特に天井に顕著だが、柱も三角をふたつ合わせた菱形だ。ステンドグラスのデザインは「テモワニャージュ Témoignage」と呼ばれる彫刻家と画家のグループが、クリスタル製作は対岸のバカラ・クリスタル工房が手がけた。工房ではそれまでにない色を創り出す実験が重ねられ、150色ができたという。
壁の一方は「創世記」。水や土、火らしい要素が見える。もう一方の壁にはキリストが十字架をかついで歩んだ受難の道のり「十字架の道行き」が抽象的な模様で表されている。内陣の左右にはキリストの使徒たちが並ぶ。天地創造は教会の高いところに設置されているが、使徒たちは、来訪者が触れられるように床の高さになっている。
バカラ生まれで、この教会で洗礼を受けたという観光局のリュドヴィックさんは「朝の10時から10時半くらいが最高の光です」と教えてくれた。
Collection Baccarat - Musée patrimonial
Adresse : 13 Rue du Port , Baccarat , FranceTEL : 03.8376.6137
アクセス : SNCF Baccarat 駅jから徒歩5〜10分程度。
URL : https://www.baccarat.com/fr_fr/le-monde-de-baccarat/lieux-enchanteurs/collection-baccarat.html
6/14まで月休、10h-18h。 6/15~9/15は無休10h-18h。 8€/4€/12歳未満無料。