フロベールの『感情教育』(1869年)は、主人公フレデリックの個人的な生活を追う小説でありながら、パリの歴史を知るための重要な資料としても役に立つ。 物語が展開するのは1840年から1851年。パリでは、1848年に二月革命が起こっている。皆が真に平等である社会を夢見た民衆が起こしたこの革命からは、短命ながらも第二共和政が生まれた。
理想と現実が激しくせめぎあうような混乱の中、フレデリックの親しくしている友人の中でもっとも社会主義に傾倒しているセネカルは、投獄の憂き目にあう。そんな友人が釈放されたとき、仲間のひとりであるデュサルディエは自宅で歓迎会を開くことにした。デュサルディエは「自分で屋根裏部屋の赤い床をみがき、椅子をはたき、暖炉棚のほこりをはらった」上に、箪笥(たんす)の上にキャンドルをともすために門番から燭台を借りてくる。なんだか、愛しい人を迎えるような心づくしだ。「その五つの灯火(あかり)が箪笥の上に光っており、箪笥にはきちんと三枚のナプキンを敷いた上に、マカロン、ビスケット、ブリオーシュなどと、十二本のビール瓶が並んでいた」。(生島遼一訳)
しっかり美味しいものを用意して、インテリアも美しく整えてから、シリアスに政治や社会を語る若者たち……。フランス人と親しくしている読者なら、どこか浮わついたようでありながら、真剣そのもので理想を語る誰かの眼差しを思い出すかもしれない。
フロベールは、実際にこの革命を目撃したけれど、その体験だけで革命を語ることを良しとはしなかった。史実を調べ上げて、客観的な視点を保った上で物語を紡ぐという方法にこだわったフロベールは、革命にまつわる新聞・雑誌記事、歴史家の記録、あらゆる政党の発行した出版物をむさぼり読んだ上に、民衆や友人からの証言まで丹念に集めたという。(さ)