アートを通して透けて見える日本社会
2018年7月から2019年2月まで、日仏友好160年を記念し、「ジャポニズム2018」と銘打った日本についての催しが目白押しだ。その前哨戦として、ポンピドゥーセンター・メッスが日本について2つの展覧会を開いている。9月には、戦後の日本建築についての「ジャパンーネス」が、10月に1970年以降のアートを取り上げた「ジャパノラマ」が始まった。後者のコミッショナーは長谷川祐子・東京都現代美術館参事。ファッション、デザイン、建築、サブカルチャーも含め、約100人の作家の350点を展示し、ここ40-50年の日本社会がアートを通して透けて見える展覧会になった。
1986年にポンピドゥーセンター・パリで開始された「前衛芸術の日本1910-1970」展の続編が本展だ。1970年は大阪万博の年。経済は高度成長期から安定期に向かい、アートでは50年代から実験的な前衛芸術運動「具体」が続いていた。会場の初めで50-60年代のアートが、70年以前の時代性を表すものとして紹介されている。
「具体」の田中敦子が1956年に発表した「電気服」は、管球と電球を組み合わせた、光る服だ。意を突く斬新さで、会場の中でもひときわ目立つ。体と産業技術とアートをこれほど結び付けた作品はそれまでなかったという。このエスプリは2003年にブランド「ANREALAGE」を立ち上げたデザイナー、森永邦彦の、携帯電話をかざすと色が出る服に引き継がれている。
展示作品はテーマ別に6つの〈島〉に分かれている。電気服は「奇妙なオブジェクト/身体-ポスト・ヒューマン」の島にある。ここには、工藤哲己の、大きな繭を乳母車に乗せた、破壊された体の彫刻もある。原爆は工藤のテーマの一つ。自分が原爆で破壊されても子供を守ろうとした母親の姿を象徴している。
「ポップアート-1980年代以前/以後」の島では、日本のポップアートの代表格、横尾忠則に大きなスペースをとっている。キッチュで華やかで独特のセンスがある横尾のアートには、サブカルチャーとの境目がない。日本ではアートとサブカルチャーが簡単に混じり合うことは、会場にいたフランス人に新鮮に映ったようだ。
阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件を目にして、廃墟でのサバイバルの作品を作り始めたのはヤノベケンジだ(1枚目の写真)。「アトムスーツ・プロジェクト」シリーズでは、ガイガーカウンターのついた放射線感知服を着てチェルノブイリなどを歩く自分を写真に撮った。子どものころ、パビリオンの残骸が残る大阪万博の跡地で遊んだことが原風景にあるヤノベは、上記の2つのできごとで〈未来の廃墟〉をテーマにしたいと思っていたことにスイッチが入った。
福島原発事故後、アートで抵抗を表現したアーティストもいる。Chim↑Pomは、渋谷駅にある岡本太郎の壁画《明日の神話》の下にある隙間に、画面と同じタッチで福島原発事故を描いた小さな絵をゲリラ的に設置した。
美しい風景に隠れた沖縄の現実を描いたのは、沖縄の基地のそばで育った照屋勇賢だ。沖縄の伝統の紅型の着物に、戦闘機とパラシュートが花や鳥と一緒に描かれている。離れて見たときの柄と色の美しさと、近づいてわかるモチーフの過激さの差が鮮烈だ。
Chim↑Pomと照屋の作品は「抵抗のポリティクス-ポエティクス」の島にある。意外にも奈良美智が描く子どももこの島にいる。彼が描く少女の怒ったような目には政治や社会への批判が隠れているという。いまや世界的に認知されている純で無垢な「カワイイ」は単にかわいいだけでなく、秘められたものがあるというのだ。一緒に会場を回ったフランス人は「カワイイにそんな深い意味があるとは知らなかった」と驚いていた。
1970年以前のアーティストたちが集団をつくって主張した時代と違い、今は個人レベルでもっと手の込んだかたちで抵抗する。奈良が影響を受けたという古賀春江の大作「海」も展示されている。水着の女性が入ろうとしている海の中には潜水艦が潜んでおり、ツェッペリンが空を飛んでいる。1929年のこの作品は、太平洋戦争を予感しているかのようだ。
夢の中にいるような気分にさせてくれるのは、草間彌生が織りなす光の世界「無限の鏡の部屋」だ。水を張った部屋に入ると、星降る夜にいるような気持になる。
展覧会を締めくくる名和晃平のインスタレーション「Force」は凛とした美しさが神秘的で、スピリチュアルなものすら感じさせる。天井から黒い油が雨のように垂直に落ちる。下では油が有機的に渦巻いている。修行のために打たれる滝のようでもある。しかし、素材は黒い油だ。美しさの後ろには、原爆投下後に降った「黒い雨」や、地球温暖化の原因である石油が隠れている。
70年以前の美術家の表立ったアクションに比べ、現代の美術家の〈抵抗〉は、見えにくいだけに鎮静化しているように感じられるかもしれない。しかし、「3・11を経て、アートをはじめとするさまざまな創作活動において、社会的なコミットメントの度合いは増大している」と長谷川祐子氏は言う。見る側には、作家のコミットメントを読み解く知識と感性と思考力がますます要求されるだろう。(羽)2018年3月5日まで
2017年10月1日号、メッス特集〈メッス、歴史探訪〉を掲載しています。 ポンピドゥのほかにも、多々あるメッスの魅力を紹介。 あわせてお読みください。
Centre Pompidou-Metz
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