カンヌ映画祭では約30年ごとにアニメのビッグウェーブがくる。1947年は『ダンボ』のグランプリ、1973年は『ファンタスティック・プラネット』の特別賞、そして今年が『Persepolis』の審査員特別賞。古代イランの大帝国の都を名に冠した本作は、マルジャン・サトラピの人気バンドデシネの映画化。作者の体験を基に、戦火と社会的抑圧を経験した幼少時から、欧州に留学するもバラ色にはならない思春期以降までを描いたイラン人娘成長潭だ。さて本来は闖入者組のアニメだが、なぜか本作においては今年のカンヌの傾向を一身に体現している。
(1)複数語りから個人の視点へ:昨年の『バベル』、『Indigènes』など複数形主語作品から、『Persepolis』のように一人称主語への揺り返しが起きた。
(2)喪の季節:『殯(もがり)の森』、『Secret sunshine』、『Les chansons d’amour』など、近親者の死の影が濃い作品ばかりになった。『Persepolis』でも敬愛する叔父は処刑され…。
(3)映画は越境する:政治的な事情で監督の祖国では見られないような作品が目立った。イラン政府に公開反対の声明を出された『Persepolis』しかり、ロシアでは到底公開不可能なリドヴィネンコ毒殺を追ったドキュメンタリー『Revellion』しかり。そして中国当局に映画製作禁止を言い渡されたロウ・イエに対する署名運動も続いている。カンヌは今後ますます、初めから世界の観客を想定した「世界映画」の窓口的役割を担うのだろう。
ああ、紙面が尽きた。とにかく余計な感傷、美化、正義感とは無縁の『Persepolis』は必見! きっと口角下がり気味の小娘マルジャンを、愛さずにはいられないはずだから。(瑞)
Chiara Mastroianni (1972~)
「私は〈ミニ・ドヌーヴ〉にならなくて幸運だった。もし私が彼女に似ていたら地獄だわ。いつも人々は彼女を通して私を見ることになる」。世紀の美人女優カトリーヌ・ドヌーヴの娘キアラ・マストロヤンニ。びっくりして見開かれたような目が強い印象を放つ彼女の風貌は、ママよりもむしろパパであるイタリアの大俳優マルチェロ・マストロヤンニ似。だが俳優魂を刺激するアート系作品ばかりに出演するのは、母親から受けたシネフィル教育の結果だろう。
幼少時から両親とともに映画出演をしてきたが、女優として頭角を表したのがアンドレ・テシネの『私の好きな季節』。本作でセザール最優秀新人賞にノミネート。その後は自分の可能性を模索するように娼婦から貴婦人まで幅広い役柄に身をゆだねてきた。アルノー・デプレシャン、グザヴィエ・ボヴォワ、デルフィーヌ・グレーズ、ヴァレリア=ブルーニ・テデスキなど若手監督の初期作品に積極的に出演してきており、新しい才能を発掘できる眼識の高さを証明している。今年のカンヌでも『Les Chansons d’amour』と『Persepolis』(母親と声優参加)の2作品で参加する活躍ぶり。今後はパスカル・トーマやアルノー・デプレシャンの新作が待機。二世俳優の重圧など、どこ吹く風?(瑞)
●Festival Paris Cinema 2007
市民が参加しやすい映画祭〈Festival Paris Cinema〉。5周年目の今年は7月3日から14日まで市内20カ所で同時開催だ。祭りを盛り上げる今年のゲストは、フランチェスコ・ロージ、サンドリーヌ・ボネール、河瀬直美など。映画祭の柱となるコンペ部門、『4カ月と3週間と2日』などカンヌで好評を博した作品の先行上映、大島渚の『愛と希望の街』など修復された名作上映に加え、ドラノエ市長が会見で重要性を強調した「レバノン映画特集」など内容も盛りだくさん。初日には21時半よりトロカデロにて『パリ、ジュテーム』の野外無料上映も。(瑞)
詳細はhttp://www.pariscinema.org/