シャンソン・アンダーグラウンドの力持ち。
大衆音楽におけるフランス語表現という時事問題。古くは1994年、FM音楽放送全盛時代に、オンエアされる楽曲の最低40%はフランス語表現でなければならない、と定めた法律。英米ヒット曲満載のFM電波に、シャンソン・フランセーズのシェアを確保しフランス語表現を擁護せよ、という上からのお達し。この時もFM各局は「放送の自由の侵害」「好きな音楽を聞く権利を守れ」と猛烈な抗議をしたものだった。その結果、FMにシャンソン・フランセーズが復権したかというと、そんなことはなく、この機に乗じておおいに勢力を伸ばしたのがフランス語ラップだった。
その21年後の今年9月17日、国会でこの法律が修正され、40%の割当だけでなく、そのうちの30%は新人に当てられなければならないとしたのである。つまり、ストロマエとクリスティーヌ&ザ・クイーンズだけで40%を埋めるのではなく、義務的に新人もオンエアしろ、と。NRJ、RTL他大小のFM局140社がこれに反対し、一斉に抗議キャンペーンを開始した。1994年から2015年、音楽業界は激変し、町からCD店が消えただけでなく、制作会社も制作枚数も激減した。FMは音楽伝播の中心市場ではなくなり、ストリーミングやSNSにその場所を奪われつつある。FM側が「放送の自由」を表向きの抗議理由にして、このフランス語表現割当制に目くじらを立てるのは、もうこれ以上インターネットに客を取られてはならない、という危機感によるものだろう。そのベースにあるのは、フランス語曲は英米曲に比べて人気も金も取れない、クオリティーが低い、という先入観的な蔑視である。この劣等論はメディアや音楽業界内部でかなり根強い。そしてフランスの若い人たちの多くがフランス語曲はダサいと思っているし、若いバンドはどんどん英語で歌うようになった。不況の制作会社、メディア、FM、若いリスナーから敬遠され、いよいよフランス語曲はこの国でマイナーな音楽になった。だがマイナーでどこが悪い?
このマイノリティー表現を熱愛した二人の男がいた。ひとりは大学の考古学研究員でレコードコレクターのローラン・バジョン、もうひとりはラジオジャーナリストだったバンジャマン・カシェラ。マニアックな蒐集家のバジョンは、音楽業界の流通経路やメディアに乗らない自主制作盤を漁り、今日のフランス語表現による創造の成果をストックし、その秀作および珍盤・奇盤をパリのローカルFMラジオ・アリーグルの番組で紹介してきた。およそ誰も聞いたことがない音楽ばかりである。類は友を呼び、カシェラが番組スタッフとして加わり、フランス全国に散らばった無名のアーチストたちに積極的に出会っていく。
時は2010年代、前述のようにレコード会社やFMは、フランス語表現音楽に門戸を閉ざしていくのだが、インターネットという開かれたステージを得た表現者たちは、業界やメディアの規格に囚われない自由な作品を自主制作し、SNSや動画サイトに発表していく。カシェラは「業界は危機だと言うが、音楽創造がこれほど花開いた時期はない」と状況を皮肉る。
ラジオ番組に端を発したバジョンとカシェラによる陽の当たらぬフランス語表現音楽を発掘する共同作業は、「ラ・スーテレーヌ」(地下)と名乗るアソシエーションとなり、二人が選曲監修するコンピレーション・アルバム(2013年から8集)を発表し、同名のサイトを立ち上げて参加アーチストたちのCDや音源の流通機関とし、さらに彼らが支援するアーチストたちのコンサートを全国的に展開する、多様な活動の互助団体となっている。
スーテレーヌの名の通り、それはアンダーグラウンド・フレンチ・ポップとでも称すべき、フランスの独立レーベルと独立アーチストたちのフランス語で歌う大衆音楽を擁護・支援している。シャンソンやトラッドやロック的な表現のものもあれば、クラシックや古楽に接近したもの、ジャズや世界の民族音楽と融合を試みるもの、現代のテクノロジーに助けを借りるもの、文学的あるいは演劇的であろうとするもの、さまざまである。バジョンとカシェラの選曲によるコンピレーションCD『ラ・スーテレーヌ』の各集に収められた楽曲は、テクノポップあり、サイケデリック・ロックあり、文芸シャンソンありと多彩だが、今現在の音楽なのに、どこか懐かしさを感じさせるものがある。この編集盤はL’Archéologie du futur des musiques francophones (フランス語表現音楽の未来の考古学)と副題されている。バジョンの本職は考古学だが、これは未来において研究材料になりうる現代の遺産なのだろう。しかし、この懐かしさの所以は、この人たちが仏語表現音楽の前衛の規範、共通のリファレンスとして、ゲンズブール『メロディー・ネルソン』、ブリジット・フォンテーヌ&アレスキー、アルベール・マルクール、カトリーヌ・リベロといった、60-70年代の先達を持ち上げている雰囲気があるからだと思う。
本欄7月15日号で紹介したオーレリアン・メルルとその仲間たちが立ち上げたワールド・アコースティックなシャンソン・レーベル、ル・ソール(アントワーヌ・ロワイエ、フィリップ・クラブ、ジューン&ジム…)もラ・スーテレーヌが早くから支援していて、緊密な「共闘」関係にある。こういう動きに必ず引き合いに出されるのが、60年代の独立レーベルでピエール・バルーが設立したサラヴァであり、その自由奔放な創作の象徴がブリジット・フォンテーヌ&アレスキーのコンビだった。カシェラは日本が早くからサラヴァやフォンテーヌを高く評価しているのを知っていて、たぶんラ・スーテレーヌの活動は日本からも注目されるはずだ、と予想している。
編集盤に収められた数あるアーチストの中で、トゥールーズのバンドのアクアセルジュ、そのリーダーでソロ活動もするジュリアン・ガスク、女性エレポップ歌手ラ・フェリーヌ、パリの男女デュオのアルルトなどは、既にこのシャンソン・アーダーグラウンド界ではビッグネームになりつつある。特に最後に挙げたアルルトは、音のブリコラージュ感覚や詞の演劇性などの点で当代のフォンテーヌ&アレスキーと評価されていて、そのせいもあって日本がいち早く注目して2枚のアルバムが日本発売され、日本ツアーも行ったことがある。
FMや業界の流通に無縁でも、フランス語表現音楽の創造性は消えるどころか、ますます盛んという小さな証拠がここにある。(文・向風三郎)
抽選で6名様に、 ”LA SOUTERRAINE VOL.8″ (3枚) と “DEABLERIES” (3枚) をプレゼントします。
ご希望の方は、件名を 「La Souterraine」または 「Deableries」として、monovni@ovninavi.comまでメールをお送り下さい。