
Worth – Inventer la haute couture(ウォルト – オートクチュールを発明する)展
19世紀半ば、ロンドンからパリに移住し、今に至るオートクチュールのシステムを確立して「オートクチュールの父」と呼ばれたファッション・デザイナー、シャルル=フレデリック・ウォルト(英語読みではチャールズ=フレデリック・ワース)と、その息子たちが継いだメゾン「ウォルト」のパリ初の展覧会が9月7日までプチパレ美術館で開催中だ。100年以上前の衣装は保存も修復も難しく、今回を逃したら次はいつ見られるかわからない、ラストチャンスかもしれない。
会場に入ると、パリのぺ通り(rue de la Paix)7番地にあったウォルト本社内部の写真が壁の上まで貼られている。7階建てで、地上階はブティック、1階はファッションショー会場、その上はアトリエだった。一時は1200人が働いており、社員食堂まである大社屋。多くの裁縫師が働くアトリエの様子からは、盛況ぶりが伝わってくる。
創立者、シャルル=フレデリック・ウォルト(1825-95)は英国人で、11歳の時から働き始め、ロンドンに出てデパートやテキスタイル販売会社に勤めた。休みの日にはナショナル・ギャラリーなど美術館を周り、そこで見た肖像画が、のちの彼のファッションデザインに影響を与えた。
21歳の時、全くフランス語を話せない状態でパリに渡り、高級絹地やカシミヤを扱う店ガシュランに販売助手として雇われた。そこで裁縫を始めたところ、作るものが評判となり、ドレス部門を任された。独立を考えていた彼は同僚のスウェーデン人、ボベルグと1958年に共同で「ウォルト&ボベルグ」を設立。ガシュラン時代に社内結婚した妻のマリーが、営業やドレスのモデルなどを務め、全面的に事業を支えた。
ウォルトの特徴は、デザインとビジネスの両方にある。デザインでは、同じ型のドレスを、客に合わせて宝石、レースなど異なる装飾をつけることで個別化し、世界に1着しかないドレスに仕立てた。ネームを手書きにして縫い付けたのは彼が最初だった。ビジネスでは、それまで顧客のところに行って顧客の言う通りに作っていた方法を改め、店に顧客を来させて、マネキンではなく生きたモデルを使ったファッションショーを行い、注文を取る方法を考案した。

Tirages sur papier albuminé monté sur carton, 42,5 × 30 cm.
Diktats, Lille, France.© Librairie Diktats.(右)夜用のケープ(1895〜1900頃)初めて手書きのサインのラベルをつけた。
Palais Galliera, musée de la Mode de la Ville de Paris.
CCØ Paris Musées / Palais Galliera, musée de la Mode de la Ville de Paris.
ウォルトは自分をアーティストと自覚していた。そのためネームも画家のサインのように手書きにし、肖像画ではレンブラントのように帽子をかぶってポーズを取った。欧州の王室や貴族の顧客がつき、雑誌が著名人のファッションを報道したため、ウォルトの名声は顧客の名前とともに上がっていった。第二帝政時代にはナポレオン三世のウージェニー妃も顧客だった。1970年に帝政が崩壊し、上流社会を顧客にしていた他のメゾンは経営難に陥ったが、ウォルトにはそれまで彼のドレスを求めて大西洋を往復していた米国の資産家女性たちが顧客としていたので、メゾンを継続できた。ウォルトが英国人で、英語でのビジネスに全く問題がなかったことが幸いした。

創始者の死後は、息子2人がメゾンを継いだ。長男のガストン=リュシアン(1853-1924)が経営、 次男のジャン=フィリップ(1856-1926)がデザインを担当する二頭体制。ジャン=フィリップのデザインは父のスタイルを踏襲したものだったが、時代はすでに20世紀。デザインの若返りを図って、若きポール・ポワレを見習いとして雇った。しかし、彼がデザインした着物風のコートは時代の先を行き過ぎており、顧客から不評だった。3代目のデザイナーはガストン=リュシアンの息子のジャン=シャルル(1881-1962)。アールデコの主要なアーティストであるジャン・デュナンが漆塗りの屏風にほどこした金魚のモチーフをあしらったドレスを作ったりした。メゾンはジャン=シャルルが引退した1952年まで続いた。

会場には、社交界で有名だった女性たちが身につけたドレスが並ぶ。メゾンが産んだ傑作の一つが、黒ビロードに胸元から裾にかけて白いサテンの百合を縫い付けた「百合のドレス」と呼ばれる1896年の夜会服だ。マルセル・プルーストの小説「失われた時を求めて」のゲルマント公爵夫人のモデルとなったグレフュール伯爵夫人が着用した。繊細な刺繍が施されたこのドレスは、1982年のニューヨーク・メトロポリタン美術館でのベルエポック展出展の際、大幅に修繕された。

ドレスの中には「ティーガウン」という聞きなれない名前のジャンルのドレスがある。午後の終わりに、室内で訪問客を迎えるときに着用するドレスだ。中でも、やはりグレフュール伯爵夫人のものだった、緑のサテンに青いビロードのモチーフを組み合わせた大胆なデザインのドレスが美しい。衣装だけでなく、ウォルトのドレスを着た女性の肖像画、彼女たちの写真、ジャン=シャルルが売り出した香水も展示されており、このメゾンの全貌を知ることができる。(羽)9/7まで


Petit Palais - Musée des Beaux Arts de la Ville de Paris
Adresse : Avenue Winston-Churchill , 75008 Paris , FranceTEL : 01 53 43 40 00
アクセス : Champs-Élysées–Clemenceau
URL : https://www.petitpalais.paris.fr/
火水木日10h-18h (金土-20h) 17€/15€。予約推奨。
