デッサンは油彩に比べて格下の扱いを受け、ともすれば「下絵」扱いされることもあるが、パリでは毎春、ギャラリーがブースで展示販売する「デッサン・フェア Salon du Dessin」や「ドローイング・ナウ・アートフェア Drawing Now Art Fair」が開催され、その価値を訴えている。
それに対し、昨年、南仏アルルで始まった「デッサン・フェスティバル」は、デッサンの魅力を知らしめる目的は同じだが、販売はせず、コミッショナーが選んだデッサンを町中で展示する総合美術展という、よそにはないイベントだ。今年は市内の美術館や教会など11ヵ所で、42人のアーティストによる約1300点を1ヵ月間にわたって展示する。全部見るなら2日は確保したほうがいい。昨年は、初回であるにも関わらず、6万6000人の観客を集めた。
創始者は二人。一人はフランスだけでなくスイス、ポーランドに出版社を持ち、2016年にパリで、文学、映画、造形美術、ダンスなどを通して東欧文化に触れられる「東欧文化の週末」イベントを始めたヴェラ・ミシャルスキ。もう一人は文芸美術雑誌を出版するアルル在住の作家で、自らもデッサンをするパトリック・パジャック。パジャックを総合アートディレクターとして、8人のコミッショナーが集まり、風景画、風刺画、人物画、ポスターなど多岐にわたるデッサンを選んだ。版画はデッサンではないが、ここでは版画も含まれる。若手作家、中堅作家、アール・ブリュットの作家、故人となった超大物作家と、扱うアーティストの幅も広い。
来場者にはポケットに入る小さなガイドがもらえる。地図もついており、全ての作家の紹介が出ているので、気になる作家がいたら、名前で会場を探すことができる。会場は全て歩いていける範囲にある。
毎年一人のアーティストにオマージュを捧げる。今年はアルザス出身で、移住先の米国で高く評価された画家・イラストレーター・絵本作家のトミー・ウンゲラー(1941-2009)が選ばれた。他の会場では複数のアーティストの合同展だが、ウンゲラーは個展に近い扱いだ。ウンゲラーの作品はパンチが効いていながらユーモアがある。動物の体の一部が葉っぱになっていたりして、素材の扱い方も面白い。ニューヨークのハイソサエティを風刺した作品はブラックユーモアに満ちている。
会場となった礼拝堂の構造に合わせて、内部をカリグラフィのような抽象画で覆ったのはステファン・カレ(1967-)。作品がポンピドーセンターに所蔵されている作家で、現代美術家に与えられるマルセル・デュシャン賞の候補になったこともある。
リュシル・ピケティ(上の画像、1990-)はパリ近郊の「カイユボットの家」で2023年に開催された「具象画展」にも出品していた、注目の若手だ。巨大な木版画はスプーンの裏を押し付けて擦ったもの。そのため、インクの濃さが場所によって少しずつ違う。フェスティバルのアートディレクター、パジャックはアルル市長の自宅にかけてあった絵を見て気に入り、貸し出してもらったという。
異色の画家はジャン=リュック・フェヴァロ(1969-) 。古い会計簿など、ありあわせの紙やリサイクルした布を使い、森の中でくるみの果肉から取った染料でバルビゾン派を思わせる繊細な風景を描く。
フェスティバルでデッサンが見られる大物画家の中には、彫刻家アルベルト・ジャコメッティ(1901-66)、彫刻や芸術理論で現代美術に大きな影響を与えたヨーゼフ・ボイス(1921-86)、アール・ブリュットの提唱者ジャン・デュビュッフェ(1901-85)、詩人アンリ・ミショー(1899-1984)、画家フェリックス・ヴァロットン(上画像、1865-1925)がいる。ヴァロットンの展示作品はよく知られた彼の版画だ。
しかし、最も「アルルまで来た甲斐があった」と思ったのはオスカー・ココシュカ(1886-1980)のデッサンを見た時だった。色鉛筆で描いた珍しい人物画がアルル県立古代博物館で展示されている。
一日で回ったが、本当はもう一日滞在してじっくり見たかった。それでも知らない作家を発見する楽しみと質の高い作品を見る楽しみの両方が得られ、大満足の遠出であった。(羽)
▶︎ Festival du dessin Arles
4/20-5/19 10h-18h (展覧会への最終入場:17h30) 、無休。
https://www.festivaldudessin.fr/fr
入場チケット:
・全展示共通パス:22€(ひとつの展覧会への入場は一回のみだが、全ての展覧会に入場可。フェスティバル会期中通じて有効)。
・各展覧会:8€(割引料金と条件はサイトを参照)
インターネット購入は通常料金の入場券かパスのみ。
・現地で買うなら : Place de la République 9h30 – 18h。フェスティバル開催中無休。
・展覧会場 : Croisière, Palais de l’Archevêché, Salle Henri Comte, Fondation Manuel Rivera-Ortiz, Lee Ufan Arles, Chapelle des Trinitaires, Espace Van Gogh, Chapelle du Méjan.
パリからの行き方:
パリ・リヨン駅から直通TGVで4時間前後だが、1日に2本程度。TGVでマルセイユ、アヴィニョン、ニームまで行きTER乗り継ぎでも約4時間ほど。アルル駅から街の中心までは徒歩15 分程度。
アルル観光局:www.arlestourisme.com