5月は世界最大の映画の祭典、カンヌ国際映画祭が開催される。映画に関するニュースが飛び交う季節だろう。2022年、フランスの映画館の数は2061館(6298スクリーン)、パリに限れば77館(400スクリーン)あった。お隣のイタリアでは500以上の映画館がコロナ禍で廃業したのに対し、フランスは政府の支援も手厚く、よく持ちこたえた。
現在の映画料金は、シネコンのUGCなら大人15.50€。だが、実際にこの値段を払う人は少数派。割引制度などを加味した全体の平均は7.20€だ。演劇やコンサートと比べても、映画は特別高価な娯楽ではないと言える。ただし、昨今はIMAXなど最新テクノロジーを駆使した鑑賞の形が勢いを増す。そのような映画は値段が一気に跳ね上がる。
1974年には65の映画館が立ち並び、映画ファンが押し寄せたシャンゼリゼ大通り。時代とともに地元民と映画館は姿を消し、今や外国人観光客の通りに。華やかな時代を築いた116番地のUGCNormandieもこの6月13日、ついに閉館へ。地価上昇に加え、時代に即した最新型映画館へ脱皮できなかったことが原因とされる。映画館経営の難しさを感じさせる事例だろう。
今回は、過渡期にありながらも、今をたくましく生きる映画館に焦点を当てたい。
取材と文:林 瑞絵
フランス映画館事情。
新作や旧作、短編も含め毎週450~500本のタイトルが上映されるフランスの映画館。
今回は、アート系館からシネコンまで、多様な個性が光る映画館事情に迫りたい。
昨今、国内全体の映画館数は安定しているが、実はパリでは閉館と開館ラッシュが続く。昨年末、二つの老舗の映画館、モンパルナスの Le Bretagne(1961年創業)とシャンゼリゼ大通りの Gaumont Marignan(1933年創業)が経営難で閉館したばかり。そしてこの6月も UGC Normandie(1937年創業)の閉館が待っている。
その一方で、映画館オープンの朗報も聞こえる。2018年に閉館したラ・ヴィレットの半球状スクリーンの映画館 「ラ・ジェオッド La Géode」は、新しいIMAXスクリーンを備えて年内に再開予定だ。6月にはオペラ地区の旧Gaumont Capucines をレンゾ・ピアノが大幅に改修する 「パテ・パラス Pathé Palace」 が誕生。レストランやコワーキングスペースも入り話題になりそう。
11月12日からはコンコルド広場前のジュ・ド・ポーム国立写真美術館内のオーディトリアムが、新人監督作品を中心に年400本以上の映画を上映するアート系館として生まれ変わる。年末頃にはパリ7区の老舗アート系映画館「ラ・パゴッド La Pagode」が長い工事を経てよみがえる。日光東照宮に影響を受けた仏塔風建物は健在。まだまだパリでは個性派の映画館に出会えそうだ。
MK2
「映画館は社会的な機能も備えた民主的な場所」
ナタナエル・カルミッツMK2社長
「Une autre idée du cinéma 映画のもう一つの考え方」のスローガンのもと、製作・配給・興行を担うMK2は今年で創設50年。創業者マリン・カルミッツの意志を継ぎ、現在は二人の息子が会社を率いる。今回は長男で社長のナタナエルさんに話を伺った。
− MK2はフランスとスペインで映画館を運営しています。両国の違いは。
この二国よりも、「パリとその他の国」との違いが大きいです。パリは人口に対し映画館数が世界一、新作が年間700本公開される世界の映画の首都。他の国は米映画や国産映画ばかりが強いけど、パリでは全体の15%は「それ以外の国」の映画が見られている。この多様性は珍しい。ただし、スペインでもMK2が多様な映画を提供したら観客はついてきました。
− 他の国で映画館の運営はされないのですか。例えばイタリアや日本は?
日本は大好きな国、ぜひやってみたい。パートナーがいればすぐにでも行きたいです。
− 映画興行の問題に関して、現在心配なことはありますか。
ライバル会社の愚かなヴィジョンです。映画館は供給する中身が大事であり、まずは多様性を確保するエコシステムを構築すべき。パテなどの大手チェーンは大作に偏り、最近はIMAXやドルビー、動く椅子などで値段を釣り上げる。それはたまにしか映画を見ない人向けの考え方で、長い目で見たら間違い。映画館は単に娯楽としてだけでなく、感情を共有し社会的な機能も備えた民主的な場所です。
− 文化のpasseur (橋渡し)役を担うMK2は若い観客も大事にしています。
若者が映画に興味を失ったというのは嘘。調査によると、若者の映画への興味は20年来変わりませんが、足を運ぶ回数は半減しました。現在フランスの学生はあまりに貧しく、娯楽代がほとんどないからです。現在MK2は26歳未満は平日で5.90€。映画をエリート主義の娯楽にしたくはありません。
− 弟のエリシャさんとともに大胆なアイデアを次々に実行していますが、特に誇りに思っていることは?
ルーヴルでの上映イベント、映画がテーマのホテル「オテル・パラディーゾ」、映画情報誌「Trois Couleurs」、発見と討論の場mk2 Institutなど全てが誇りです。しかし、それらは結局映画のための周辺サービス。やはり(製作や海外セールスでMK2が世に送り出す)映画そのものが一番の誇り。父はボリビア映画の上映で映画興行を初めましたが、その精神は今もそのまま。世界映画をMK2を通して存在させたい。今後はトッド・ヘインズ、ヨアキム・トリアー作品が控えています。
HOTEL PARADISO(オテル・パラディーゾ)
全室にスクリーン、館内カラオケもあるMK2のシネマ・ホテル!
ルーヴル美術館の中庭やシャンゼリゼ大通りでの屋外上映会、運河の水上にボートを浮かべての上映会、グランパレ内にドライブインを再現し車中で鑑賞…。次から次へと変わったイベントで我々を驚かせてくれるMK2。恒常的なプロジェクトとしては、パリ12区ナシオン広場近くのシネマホテル「オテル・パラディーゾ」がある。35室の客室とスイート2室。全室にレーザービデオプロジェクター、幅3メートルのスクリーンを完備し、好きな映画を観ることができる。10人まで一緒に歌えるカラオケボックスもあり、夏季は屋上テラスでの上映会に宿泊客でなくても参加できる。パリに住んでいても、一回は泊まって映画三昧の一夜を過ごしてみたいものだ。これからも映画鑑賞の新しい形を提案しつづけてくれるMK2に期待しよう。
Hotel Paradiso : 135 boulevard Diderot 12e
reservation@mk2hotelparadiso.com 149€-
Tél :01 88 59 20 01
M° : Nation (lignes 1,2,6,9 & RER A).
*ペットは小型なら宿泊可。
*入室は16hー。チェックアウトは正午まで。
Le Grand Rex
映画が娯楽の王様だった時代の記憶を刻む。
パリ2区ポワソニエール大通り1番地のLe Grand Rexは、同じ通り24番地のMax Linder Panoramaと同様、3層に広がる座席と大スクリーンが自慢。映画が娯楽の王様だった時代の記憶を刻む映画館だ。
1932年12月8日創業。現ディレクターはエルマン家3代目アレクサンドルさん。幼い頃から遊び場として育ったLe Grand Rexの、現在は代表として運営に携わる。最初の成功は『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』。先代の父はドキュメンタリーであるため反対したが、蓋を開ければ大ヒットし業界を驚かせた。また、大作の先行上映会や人気シリーズのマラソン上映を積極的に実施。かつて先行プレミア上映はシャンゼリゼ大通りが定番だったが、現在はLe Grand Rexがひとり気を吐く。「当館は欧州最大の2700席の座席数、スクリーンも国内最大級。でも数年前に南仏の映画館に1センチ抜かされました(笑)」。
迫力の会場でファンが熱狂する様子はSNSを通し伝播し、映画会社も喜ぶという好循環を生んだ。音響システムも定評があり、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は『Dune』の舞台挨拶の際、急きょ観客と鑑賞していった。
当館はコロナ禍後もよく健闘している。「観客動員数は2019年からほぼ落ちてない。変わったのは予約がほぼネットになったこと」だとか。2023年のヒット作は?「『オッペンハイマー』と『バービー』が別格。特に後者はコスプレの客が多く盛り上がった。フランス映画? 残念ながら質が高いと思わない」と手厳しい。
今後は特別感を感じさせるムービーパラス(5つ星映画館)を目指す。2022年には改装工事でファサードが創業当時のエレガントなアール・デコ調に戻った。巨大な施設を映画のみで回すのが困難な時代に、ユーチューバーのイベントや世界的ミュージシャンのコンサート、ディスコ、エスケイプ・ゲームなど娯楽事業を手広く展開。テラス付きレストランも計画中だ。
Le Grand Rex : 1 bd Poissonnière 2e
M°Bonne Nouvelle www.legrandrex.com
Rex Studios
映画館の舞台裏と映画制作の擬似体験。
Le Grand Rex内の 「Rex Studios」は映画の体験型アミューズメント施設。アレクサンドルさんの父フィリップさんが、NY最大の映画館ラジオシティ・ミュージックホールにヒントを得て、1998年に見学ツアーを開始。約50分で内容は二部構成。前半は劇場の歴史や舞台裏に追る。
1954年に登場した「La Féerie des Eaux」は大量の水が20mの高さまで噴射される光と映像の噴水ショーで、ディズニー作品館賞とセットで毎年11月下旬から1月上旬に楽しめる冬の風物時だ。1957年にはゲイリー・クーパーとミレーヌ・ドモンジョが、欧州の映画館初のエスカレーター設置式に参加した。
1988年にはリュック・ベッソンの『グラン・ブルー』公開に合わせ、12m×25mの巨大スクリーン「Le Grand Large」を導入しヒットに繋がった。老舗映画館だけに、そんな華々しいエピソードに事欠かない。見学ツアーではフィルム缶や映写機などが保管された映写室なども見られる。建物は1981年に歴史的建造物に指定されたが、中身も丸ごと生きた映画博物館だ。
中盤以降は映画制作の疑似体験。迫力溢れるゴジラの撮影見学後は、名優の吹き替えをしたり、合成撮影用のグリーンバックを背景に演技したり(写真下)。最後は試写室でサプライズ上映が待つ。子どもから大人まで楽しめるので、家族や友達がパリに来た時に行くのもお勧めだ。
Rex Studios
火〜木、土・日・祝日は10h-12h/13h30-19h、30分おきにスタート。所要時間50分。
12€/10€(26歳未満、60歳以上、学生など)/ 家族料金4人で36€(大人は最低2人含む)。
La Clef
映画館La Clef、運命の鍵を握るのは?
La Clefはカルチェラタンに1973年に誕生。学生街という土地柄、当初から新しい才能や政治色の強い映画を積極的に紹介した。80年代からケスデパーニュ銀行企業委員会の所有に。1990年にアフリカ映画の専門館になるも2009年に閉鎖。2015年に再開したが2018年に建物売却を理由に再び閉鎖。この時有志グループが建物を占拠しゲリラ上映を実施した。コロナの外出制限期も壁をスクリーンに上映を続け、文化の灯火とした。2022年には警察の介入で占拠は排除。運動はセリーヌ・シアマ、マチュー・アマルリックら、映画人や文化関係者らに広く支持された。
現在、若者中心の有志グループ「La Clef Revival」は、建物を共同購入する方向で動く。寄付で約95%の資金を調達し仮契約まで進めた。現在は上映会の会場を19区に移して活動中だ。入場料は投げ銭システム。映画興行枠外のインディペンデント作品などを上映する。
一方「La Clef Survival」と名乗るLa Clef元従業員らの有志グループはこの動きを乗っとりと見なし訴訟中だ。La Clef Revivalは若者らしい行動力を武器に大胆に前進するが、初めに活動を始めたのはLa Clef Survivalであり、それぞれ言い分がありそう。La Clefの数奇な運命の鍵は、裁判の結果が握る。
La Clef (旧映画館): 34 rue Daubenton 5e
La Clef Revival https://laclefrevival.org/
La Clef Survival https://laclefsurvival.com
UGC Grand Normandie
老舗映画館にさよなら、メルシー!企画 「MERCI UGC Normandie」
近く閉館のUGC Normandieでは5/1から6/13まで 『2001年宇宙の旅』『ブレードランナー』
など映画史の傑作を8.50€から鑑賞できる企画を開催。サプライズイベントも用意。
116 bis av. des Champs-Élysées 8e
www.ugc.fr/evenement.html?id=835
Fondation Jérôme Seydoux – Pathé
「パテ財団」で映画館建築について2つの展覧会
イタリー広場近くのパテ財団では7月13日まで、欧州の壮麗なパラス映画館を紹介する
「Architectures remarquables : Les ciné-palaces」展を開催。
また11月23日までは、このパテ財団の改修を手がけ、ポンピドゥ・センターの設計でも名高いレンゾ・ピアノが手がけたパリの建築物に迫る 「Renzo Piano – Paris」展。今年オープン予定のPathé Palaceの紹介も。
Fondation Jérôme Seydoux – Pathé :
73 av. des Gobelins 13e
www.fondation-jeromeseydoux-pathe.com
★毎週土曜日12hから、パテ財団(館内)建築見学ツアーも(所要時間1時間。7€)。