ニコラ・ド・スタール(1914-55)の展覧会はフランスの美術館で何度も開かれたが、最盛期を1年ごとに区切ってその年の作品を見せるのは今回が初めてだと思う。約200点の出展作品のうち25%がフランス初公開で、スタールファンの筆者にとっても、知らなかった作品が多く、印象に残る展覧会となった。フランスでの大回顧展は、20年前のポンピドーセンターのものに次いで2回目。
ロシア帝国の高級軍人を父とする上流家庭に生まれたが、3歳の時、革命が起き、家族と共にベルギーに逃れた。欧州を転々とする途中、両親を亡くし、ベルギー在住のロシア人家庭に引き取られた。ブリュッセルの美術学校を卒業後、友人と北アフリカを旅した時出会った画家のジャニーヌ・ギルーを伴侶とし、それ以降フランスを拠点として活動した。
初期の作品は画家自身がかなり破棄したと言われており、会場にはほんの僅かしかない。1946年にジャニーヌが死亡、程なくして、彼女の親類で、スタール宅でベビーシッターをしていた学生のフランソワーズと結婚し、新たな生活が始まった。よく知られたスタールの作風が出てくるのはこの時期だ。ペインティングナイフの跡が見える厚塗りの下から、別の下絵の色がのぞく。独特の色彩感覚と相まって、不思議な魅力がある。
どこかの流派に位置づけられるのを嫌い、常に変革を続けた。15年間で1100点を描いたスタールにとっては1年が1時期に相当する、とコミッショナーは語る。抽象と具象の間を自由に行き来し、そのどちらとも言えない作品も描いたスタールを1年ごとに追うと、作風が自然に変わっていったことがわかる。
イタリア風景の熱い色、北仏の冷たい光を受けた海の色など、風景画は対象となった場所によって特徴がある。最後は薄塗りの平面的な作風に至った。これ以上省けないほど色も形も限られたものになった。そうした大作「コンサート」が絶筆になったが、大きすぎて運送困難なため、アンティーヴのピカソ美術館に置かれたままで、会場には写真しかない。
一番気に入ったのは、これ以上ないほどシンプルな、サラダ菜の入ったボールを描いた「サラダボール」だ。背景とテーブルが強いコントラストの色彩で、サラダ菜の緑とガラスボールを美しく引き締めている。会場出口付近にある。
40歳で、アンティーブのアトリエから投身自殺した。生き急ぐかのように多くの作品を描いて自殺したゴッホに似ているが、筆者は、人気絶頂の時に自殺したマーク・ロスコと共通点があると感じている。食べ物に困るほど売れなかった時代は過去となり、画商がついてスタールの絵は急に売れるようになった。米国での展覧会も好評で、画商ポール・ローゼンバーグから「描いた絵は全て買い取る」とまで言われたほどコレクターがついた。
しかし、花の絵が欲しいと注文つけられたり、それまでとは違う、薄塗りの具象的な絵に客が戸惑う様子が画商から伝えられ、自分がマーケティングに合わせて描くマシーンになってしまった、しかし後戻りはできないと絶望したのではないだろうか。恋人に去られことが自殺の原因として挙げられることがあるが、芸術家の自殺はやはり芸術的な問題が主因にあると思う。
スタールの人生については、A R T Eで良いドキュメンタリー番組が見られる。会場ではその一部を上映している。(羽)
1/21まで。オンライン予約を推奨 www.billetterie-parismusees.paris.fr
Musée d’art Moderne de Paris
Adresse : 11 av, Président Wilson, 75016 Paris , Franceアクセス : Iéna
URL : https://www.mam.paris.fr/
火〜日 10h-18h(木-21h30 、土-20h)入場料:15€/13€/18歳未満無料