「Nadja Un itinéraire surréaliste ナジャ、シュルレアリストの道筋」展
ルーアンと近郊のミュゼで共同企画展「Héroïnes ヒロイン」が開催されている。一連の展覧会のハイライトが、ルーアン美術館「ナジャ、シュルレアリストの道筋 Nadja Un itinéraire surréaliste」展。その名の通り、あのアンドレ・ブルトンの自伝的小説の傑作にしてシュルレアリスムの金字塔的作品をモチーフとした展覧会だ。
ブルトンは「ナジャ」の3分の2を、ノルマンディーの海辺の町ヴァランジュヴィル=シュル=メール滞在中に書いたこともあり、作品そのものがこの地方にゆかりがある。
“ナジャ”こと本名レオナ・デルクールは、実在の女性。1926年10月、ブルトンとレオナのふたりはパリで約十日間の濃密な日々を過ごす。ナジャは謎めく言動でブルトンの心をざわめかせたが、ほどなく狂気の淵に沈んでしまった……。小説に登場する写真や絵画、彫刻、デッサンは、オリジナルがなければ複製を可能な限り集めて展示している。また、パリの街は、本書のもう一人の主人公ともいえるが、言及される場所が地図と写真で掲示され、展覧会のタイトル通り「シュルレアリストの道筋」を再現。ブルトンから「とても美しいが、とても役に立たない」と揶揄されたサン・ドニ門(オヴニー編集部の近所です)の写真も、もちろんあった。
共同企画展のタイトルに使われている「ヒロイン」という言葉の使用は、少し誤解を招くかもしれない。なぜなら、女性を勝手な型に閉じ込めるような危うい響きもあるからだ。しかし、この展覧会はナジャを「芸術家にインスピレーションを与えた狂気の女神」役に押し込めるものではない。あくまで「ヒロイン」とは作品における女性主人公の意味であり、その先の解釈は見る人に委ねられる。
ブルトンは“ナジャ”に「書く/描く」ことを勧めていたが、この展覧会では彼女を主体的な「制作者」として捉え、彼女の作品群をじっくり見られるのは重要なことだろう。白昼夢の中で突然出会うような預言者めいたデッサンやメッセージの数々は、たしかに時代を超えて眩惑的な力を放ち続けている。
一方、作者のブルトンの方には「己の芸術にナジャを利用した思わせぶりな罪な奴」という印象もあったかもしれない。だが、最近の調査ではそれが誤解であることがわかってきた。ブルトンはナジャが精神病院に入るまでは手紙でコンタクトを取り合い、入院後も彼女を気にかけ、彼女が経済的に苦しい時にはジョルジュ・ブラックの絵を売って助けてもいた。意外に親身な人だったようだ。
本展示は有名な小説世界の再構築で満足はしない。例えば、写真家や映画監督として活躍するアーティストのアラン・フライシャーには、ナジャをモチーフとした作品を依頼。彼はシュルレアリスム時代のヒロインであるナジャを、軽さと重さを併せ持つヌーヴェル・ヴァーグの登場人物に重ねたモノクロの短編映像を撮り上げた。(瑞)
共同企画「Héroïnes」は、ルーアン市内と近郊で、他の展覧会を同時開催。
● ニナ・チャイルドレス「シモーヌ・ド・ボーヴォワールの墓」展
「ナジャ」展が開催されているルーアン美術館の別の一室では、アメリカ出身でパリ在住の女性アーティスト、ニナ・チャイルドレスが「シモーヌ・ド・ボーヴォワールの墓 Le tombeau de Simone de Beauvoir」展を実施。
愛人に隠し撮りされ、週刊誌の表紙となったシモーヌ・ド・ボーヴォワールの後ろ姿の裸の写真に触発された作品群であり、「フェミニズムの大家」というお堅いイメージを自由な解釈で大胆に崩している絵画の数々が爽快だ。
https://mbarouen.fr/fr/expositions/nina-childress-le-tombeau-de-simone-de-beauvoir
● シェイラ・ヒックス「Le fil conducteur 導きの糸」展
ルーアン郊外のNotre-Dame-de-Bondevilleでは、やはりアメリカ出身でパリ在住、テキスタイル・アーティスト、シェイラ・ヒックスが個展「Le fil conducteur」を開催。
ノートル・ダム・ド・ボンドヴィルは、18世紀初頭から綿糸の製糸が盛んだった場所。会場の「コルドゥリー・ヴァロワ」も綿糸工場だったが1860年に組み紐工場となり、1978年に閉鎖後ミュゼになった場所だ。歴史が染み込んだような工場の機械や工具とヒックスの作品が一体となった、この場所限りの作品が堪能できる。
ルーアンから8kmだが、19世紀から時間が止まったような素晴らしいミュゼは一見の価値がある。(9/23迄)
Musée de la Corderie Vallois コルドゥリー・ヴァロワ美術館
185 Rte de Dieppe, 76960 Notre-Dame-de-Bondeville
https://musees-rouen-normandie.fr/fr/expositions/sheila-hicks-le-fil-conducteur
ノルマンディー=ルーアン都市圏美術館連盟
モネが連作に描いた大聖堂があるルーアンは、印象派の地ノルマンディーの中心都市。市内や近郊には魅力あふれるミュゼが点在する。2016年からは「RMM (ノルマンディー=ルーアン都市圏美術館連盟 La Réunion des musées métropolitains Rouen Normandie) 」の名の下に、8つのミュゼがコレクションを統合し、ともに作品の価値を高めるべく協力関係を結んでいる(現在は11のミュゼが参加)。2018年にはRMM所属のミュゼが共同で「男女平等のための憲章」を発表したが、これは国内では初の試みに。これを機に女性アーティストの作品を積極的に紹介したり、作品における女性の描かれ方に注意を払うようになった。
Musée des Beaux-Arts de Rouen ルーアン美術館
Adresse : Esplanade Marcel Duchamp / 障害者入口は 26 bis rue Jean Lecanuet, 76000 Rouen , FranceTEL : 02 35 71 28 40
アクセス : SNCF Rouen
URL : https://mbarouen.fr/
火休、10h-18h、常設展は無料。