パリを中心とした地域に暮らす日仏の女性たちからなる劇団セラフは、今年設立30周年を迎えた。6月に控えた 「川端の女たち」の公演を前に、創設時から代表を務める岡田小夜里さんに、何が彼女を劇団の運営と芝居の道に突き動かしているのか話を聞いた。
きっかけは自分の成長のため
岡田小夜里さんは高校の時分から芝居に夢中になり、洋画を専攻した東京の美術大学でも演劇部に所属していた。卒業後は、とにかく日本から離れたかった。その衝動に駆られるまま活動の拠点を「なんとなく」フランスに定め、パリにやってきた彼女は「はやく何か自分の作品を創りたくて仕方なかった」と当時を振り返る。パリでも最初は絵を描いてみたものの、黙々とキャンバスに向かう自分に社会性の欠如を感じた。人と関わらなければいけない。岡田さんは、自身の成長のためにもう一度演劇をしようと決心した。自分の思いを周囲に伝え、1991年、集まった日仏5人の女性とともに劇団セラフを旗揚げ。そして翌年、岡田さん率いるセラフはアソシエーション設立を機に、女性による女性ためのカンパニーとして正式なスタートを切った。
セラピーとしての演劇
なぜ演劇なのか。なぜ女性にこだわるのか。「女性の地位向上のために少しでもお役に立てれば」と答える岡田さんだが、社会に対する不満は口にしない。「小さな頃から絵を描くのが好きで、そのひとりの世界での創造活動は、コミュニケーションが苦手だったり、父親の不在など家庭環境からくるトラウマのようなものを持っていた自分への箱庭セラピーのようなものでした。演劇にも同じようにセラピー的なものを求めていると思います」。芝居の台詞や所為を介して、実際に演者自身が封印していた感情を解き放つドラマセラピーという芸術療法を、岡田さんは無意識のうちに自身の中に取り入れ、そして劇団を運営することでその機会を他者にも提供しているようだ。セラフは、女性たちの人生の紆余曲折や心模様を主題とした舞台を創る劇団であると同時に、演者である女性たち自身の心の解放の場であると理解できる。
独創性の追求と伝統文化との融合
岡田さんはこれまで上演した22作品全ての脚本・構成・演出を手がけている。当初、独自の芸術性を模索したアングラ的演出が主流だった劇団は、90年代後半から積極的に能楽や、日本の純文学を脚本に取り入れ始めたことにより、活動の幅を広げた。2001年以降はフランス国外のフェスティバルに招致されるようにもなったセラフの舞台を、時事系雑誌 Le Nouvel Observateur ( 現 L’OBS )は「100%フェミニン・・・幻想的な独創性に官能と残酷。無垢と心理操作が混じり合っている」と評した。
岡田さんによる演出は、お面や舞のような動きが特徴的だ。「意図したというよりも、何かに導かれるようにお神楽の世界に引き寄せられたんです。神事を起源とするその舞楽を観たとき、まるで魂が演じているように感じました」。岡田さん自身も、役者としてそんな媒介性を模索した。芝居を通して媒体となり、役に与えられた人間のどんな感情も引き受け、それを演じ、観客と共有していくことで浄化していく。そんな自我を超越した演劇を志してきた結果、昨年、出雲大社で創作劇『Méta古事記』の奉納公演を行うに至った。
変化を受け入れる
現在、セラフのメンバーは25人前後。仕事、子育てなどの事情で、時期によって参加者が増減するのは社会人劇団ならでは。主要メンバーの中には日本屈指の劇団で主役を務めていた女性もいるが、芝居の未経験者も大歓迎だ。『細雪』(2015年〜)の舞台では、原作のストーリー性を重んじ、男性の役者も必要になった。「既存の性別の枠組みにとらわれない社会になってきていますから、演者の性別に縛りがなくてもいいと思うようになりました」と語る岡田さんは、劇団員の多様化に踏み切った。一方、それと前後して役者は全員日本語母語話者になった。フランス語はナレーションや字幕で補う 。最新作『川端の女たち』の制作中、岡田さんは日本文学特有の文字に起こされていない、行間にある感情の推移は日本語で演じてこそ表現できるものだと改めて感じた。無為の行間美で知られる川端作品の舞台化は、岡田さんにとってまた新たな挑戦だ。
三島由紀夫、谷崎潤一郎、川端康成…。フランスでも好まれる文豪たちの名前を掲げた舞台には集客力がある。ただし、そこに寄せられる期待を裏切れないプレッシャーも大きい。やりたいことと求められるものの間で、今後さらにその落とし所が問われるようになる。年々高くなるハードルを前に、岡田さんは「今できることをやるだけですよ」とおおらかに構える。(り)
日仏女性劇団セラフ
https://cie-seraph.org/ja/
『川端の女たち』
6月16日(木)、17日(金)19h~、6月18日(土)16h~。
パリ日本文化会館・小ホールにて(フランス語字幕つき)
入場料:一般10€、割引7€、会員5€
予約:www.mcjp.fr