フランスには、レユニオン島やマルティニークなどに有名な火山があるけれど、本土も負けてはいない。中央山塊(Massif central)の真ん中にはオーヴェルニュ地域圏火山自然公園があり、そこにはモン・ドール、モン・デュ・カンタルなどの旧火山群が集まっている。また、80もの火山が南北50kmにわたって、幅4kmほどの帯状に並ぶシェーヌ・デ・ピュイ火山群は、リマーニュ断層とともに2018年、ユネスコの世界遺産に登録されている。自然が形づくった景勝地は、ヴォルヴィックの水のラベルでもおなじみだ。火山テーマパークVulcaniaや、かつての噴火口内が見学できるランテジ火山などもあって、火山の国、というにふさわしい。
今回はその入門編として、シェーヌ・デ・ピュイ火山群の最高峰、標高1465mのピュイ・ド・ドームへ行ってみよう。かつてラバの背に荷物を積んで人々が往来した路をたどれば頂上までは徒歩で45分から1時間。脚に自信がない人でも登山電車が頂上まで連れて行ってくれる。山への入口としてはクレルモン=フェランが便利だが、聞けばこの町も、15万6千年前に噴火した火山の上に築かれているという。驚きの連続の、火山の国へ。(六)
シェーヌ・デ・ピュイ火山群の最高峰
ピュイ・ド・ドームへ。
山に案内してくれたヴェロニクさんは、小さい頃おばあちゃんの家に行くと窓からピュイ・ド・ドームが見えて、頂上の雲など空の様子で、翌日の天気をあてていたそうだ。天候や時刻によって表情が変わり、頂上が雲に隠れたり現れたりする様は見ていて飽きないと彼女は言う。県名にもなっているピュイ・ド・ドームの山を、クレルモン出身の作家アレクサンドル・ヴィアラットは時計にたとえた。
80の火山群の最高峰ピュイ・ド・ドームの頂 (1465m)へは登山電車 Panoramique des Dômes*で行ける。2本のレールの中央に、もう一本歯のついたレールが敷かれていて、電車の歯車をかませて前進する 「ラック式」 電車。走行は雲が流れるかのようにスムーズで、らせん状に山肌を登るから360度の景色が楽しめる。1907年、クレルモンの町の中心から頂上まで電車が開通したが、1925年に廃線になっていたのが2012年に復活した。電車が通る以前はラバの背に荷物や人を乗せて登ったので、今でも 「ラバ飼いの路」と呼ばれる路があり、45分か1時間ほどで頂上までたどり着ける。徒歩でゆるやかな勾配を登りたいなら 「羊の路」。頂上まで2時間ほど。19世紀、近くの温泉地ロヤ=シャマリエールに来た湯治客たちは、「ピュイ・ド・ドームに登らずして帰るべからず」とラバの背に乗せられ登頂したそうだが、後悔はしなかっただろう。
羊の群れがふもとのほう、中腹、頂上付近で草を食んでいる。シェーヌ・ド・ピュイ火山群は、噴火の勢いやマグマの粘度によって異なるさまざまな形状の火山が標本のように集まっていることから 〈火山の博物館〉のようだといわれるが、それら山の形が見えるように頂上の近くは木を伐り、放牧をしてメンテナンスしているのだそうだ。電車はふもとからわずか15分で頂上に着く。ピュイ・ド・ドームは帯状の火山群の中央に位置しているから、北と南に、他の火山が連なるのが見下ろせる。
頂上には今から約1800年前に造られた神殿跡がある。ローマ帝国は紀元前52年にフランスを征服すると、リヨンを中心に東西南北へ伸びる街道を開いていった。そのうち、リヨンと大西洋近くのサントを結ぶ街道上に開かれた町が今のクレルモン=フェラン(当時はアウグストゥスの都 Augustonemetumと呼ばれた)だ。
その後、近くの霊峰ピュイ・ド・ドームに、商人や旅人の守護神メルキュールを祀る神殿が造られた。精神的なよりどころというだけではなく、クレルモンを監視できる要衝でもあったという。頂上には小さな歴史資料館がある。クレルモンのバルゴワン博物館では、この神殿跡やクレルモン周辺から出土した洗練された器、道具類、装身具なども見られる。
1648年、ブレーズ・パスカルは義兄フロラン・ペリエに頼んで、この山の頂上、中腹、ふもとで、大気圧の実験をした。山頂に近づくほど、大気の重さが小さくなることを実証した。また、頂上のテレビ塔は、今はすっかり景色になじんで人々も違和感はおぼえないそうだ。ホテルの窓から夜空を見ると、塔の灯りがキラッとまたたいて、北極星のようでもあった。
Chaîne des Puys – Faille de Limagne
シェーヌ・デ・ピュイ火山群とリマーニュ断層
今から10万年前からの火山活動により、80ほどの火山が形成されたシェーヌ・デ・ピュイ火山群。最後の活動は7千年前ころ。噴火するのは一回でそのまま活動を止めてしまう単成火山だ。活動再開の可能性はゼロではないがMagmas et volcansなどの研究所が観測を行っている。
INFORMATIONS
● パリからクレルモン=フェランへの行き方:
パリ・リヨン駅またはベルシー駅からクレルモン=フェランまで、Intercitéなら直行で3時間30程度。夜行バスもある。www.oui.sncf
● 国鉄SNCFクレルモン=フェラン駅から:
SNCFクレルモン駅から、ピュイ・ド・ドーム登山電車の乗り場まではシャトルバスが出る(時刻表)。駅前の薬局Pharmacie de la Gare前に停留所があり、中心街ジョード広場(rue Blatin)や、温泉町ロヤ=ラシャマリエールを経由する。1日6本、ほぼ2時間おきに出発。1.60€。所要時間32分。
● *登山電車 Panoramique des Dômes:
往復料金:4/1〜9/30 :は15.30€〜9.30€。
1/1〜3/31と10/1〜12/31 : 14.10€〜8€。4歳未満無料 (チケット売場で無料切符受取り要)、大2人+子2人(4~14歳)=40.40€ (追加の子ども1人あたり6.50€)。犬4.30€。駐車場あり。山頂は気温が低いので、上着を用意。 www.panoramiquedesdomes.fr
● 徒歩で頂上まで:
セッサ峠Col de Ceyssatから頂上まで、ラバ飼いの路Chemin des Muletiersなら45分〜1時間。羊の路Chemin des moutons なら勾配は緩いが2〜3時間。
● Volcan de Lemptégy ランテジー火山パーク
3万年前に噴火した火山が、採石場となっていた場所を利用して1994年に造られた火山パーク(ミュージアム)。火山内部の見学ができる。公共交通機関なし。
徒歩でのガイド付き見学12.30€/9.80€。ミニ電車での見学16.80€/13.80€。(7-8月の値段)
www.auvergne-volcan.com
31 route des Puys – Les Maisons Rouges
63230 Saint Ours Tél:04.7362.2325
Clermont-Ferrand
菩提樹 tilleul 香る町、クレルモン=フェラン。
旧市街の赤茶色の屋根のあいだに、黒い大聖堂の尖塔が2本伸びている。クレルモン=フェランの代表的な眺めだ。遠くからでも見えるこの尖塔は、ピュイ・ド・ドームのテレビ塔と同じく、地元の人たちにとって灯台のようなもの。溶岩が固まってできた 「ヴォルヴィック石」で建てられているから黒っぽいのだが、見慣れてくると黒はゴシック建築に似合うと思えてくる。
ヴィルヴィック石は11世紀頃から採石されるようになったので、クレルモン旧市街では、公共の建造物から噴水まで多く使われている。それ以前は明るい (claire)色の石で丘 (mont)に建物を造っていたから 「クレルモン」の名がついたのだよ、と町の人が教えてくれた。1630年、隣町のモンフェランと合併されクレルモン=フェランとなった。今はモンフェランまではトラムウェイが延びていて、ふたつの町の間には世界に名だたるタイヤメーカー、ミシュランの本社や研究室、ミシュランのミュージアム、1911年ミシュラン従業員のために造られたスタジアム (今は地元ラグビークラブASMクレルモン・オーヴェルニュ所有)などが集まっている。
パリから南に420km、リヨンからは170km。クレルモン=フェランは大学都市だから、町は若者で賑わい、2028年の 「欧州文化首都」指定を目指して町の美化され、文化施設の充実が図られている。”コロナ効果”もあって多くの地方の中規模都市と同じく、移住してくる人が増えているそうだ。15分ほどバスに乗ればロヤ=シャマリエールの温泉や、雄大な自然があり、食物の生産地に近く新鮮でおいしいものが食べられるのだから、住みたくなるのも当然だ。
クレルモン教会会議で第一回の十字軍派遣が決められた町でもある。大聖堂の横にあるヴィクトワール広場の中央には、その決定を下したウルバヌス2世の像が立っている。この町が 「偉人」として讃える3人のうちのひとりで、他のふたりは、古代ローマ軍との戦いでガリア軍の司令官となったウェルキンゲトリクスと、数学者・物理学者・哲学者ブレーズ・パスカル。3人の顔が刻まれたメダルが、町なかの道路あちらこちらに埋め込まれている。
黒い大聖堂のすぐ横にあったというパスカルの生家は、今はその敷地を示す線が引かれているのみ。彼が徴税官だった父親のために発明した計算機 「パスカリーヌ」がアンリ・ルコック博物館に展示されていたり、エレガントなブレーズ・パスカル通りには、パスカルの姉の夫フロラン・ペリエの立派な構えの家があった。パスカルに頼まれピュイ・ド・ドームでの実験に協力した義兄だ。世界的に有名な人物の割に、街なかでその足跡を示すものが少ない気もしたが、生誕400周年にあたる2023年には偉業が讃えられ、この町に遺した足跡がたどりやすくなることだろう。
クレルモン=フェランの(絶対)おすすめ。
Fromagerie Nivesse
サン・ピーエル常設マルシェの前にあるチーズ屋さん。店に入ると右にチーズ、左にワイン棚。店の前のテーブルで、オーヴェルニュの代表的なチーズ5種盛合せ(ブルー・ドーヴェルニュ、フルム・ダンべール、サレール、サン・ネクテール)を味わえば、旅の極みだ。主人のオリヴィエさんは、ずっと北の地方のユール・エ・ロワール県出身だが、山歩きをしながらオーヴェルニュのお百姓さんや食材に魅せられてここに移住した。クレルモン周辺では19世紀末のフィロキセラ病を境にブドウ生産者が減り、今も生産量はわずかだと言われる。町なかでもなかなかおいしい地酒に出会えないでいたこともあり、この店でオーヴェルニュ火山地帯のナチュラルワインとチーズに出会えた感動はひとしおだった。
23 pl. Saint-Pierre 63000 Clermont-Ferrand
Tél .: 04.7331.0700 9h-18h(水-14h)。日月休。
チーズ盛合せ 17€、シャルキュトリ7€。グラスワイン3.10€から。
http://fromagerie-nivesse.fr/
▷Marche Saint-Pierre (サン・ピエール常設マルシェ):月〜土、7h-19h。
www.marche-saint-pierre.com/
Aux Délices des Puys
オーヴェルニュ地方銘菓店。地元ミシュランの管理職を退いた後、郷土菓子の歴史を研究し、資料、包装、菓子作りの道具などを収集したエレーヌ・マルタンさん。情熱を共有する菓子職人を見つけて、昔ながらの食材や製法でジャム、果物の砂糖漬けなどを共に作って店で販売し、講演会も行う。
店に入るなり、採算がとれるのか心配になるほどアンズやカシスなどのパット・ド・フリュイを味見させてくれたが、果実の味と香りが凝縮されていている! この店で売るパット・ド・フリュイは果物65%と砂糖35%のみで、ゼラチンも香料も使っていないそうだ。
この地方では、パット・ド・フリュイは10世紀ころから作られ、贈答などに使われてきたというが、エレーヌさんも子どもの頃は、パンにパット・ド・フリュイを挟んだものがおやつだったと教えてくれたので、それが入ったバスケットを持って写真を撮らせてもらった。
4 rue Jules Guesde (Montferrand地区)
63100 Clermont-Ferrand Tél.: 06.6336.4249
7、8、12月は火〜土10h-12h/14h30-18h30。
それ以外は、水:13h30-18h30,、金:9h-18h30、 土:10h-12h/14h30-18h。
www.auxdelicesdespuys.com
Hôtel Littéraire Alexandre Vialatte
このホテルが旅人に愛されるのはいろいろ理由がある。まず、6階の眺望ラウンジ。旧市街と大聖堂、ピュイ・ド・ドーム、ロマネスク様式のノートル・ダム・デュ・ポール教会の尖塔のパノラマを見ながらの朝食で1日を始められる。
小説家にしてカフカの翻訳家、また地元紙の記者だった郷土作家アレクサンドル・ヴィアラットの名を冠したホテルには、作家の文章の一節が壁に書かれていたり肖像画が描かれていたり。部屋には番号もあるが、それぞれにヴィアラットゆかりの著書やそのなかの登場人物などの名前がつけられていて、それをイメージした水彩画があったりと、ゆったりした雰囲気。広いラウンジでは本棚にある彼の著作を読むこともできる。
駅から徒歩10分、旧市街入口で便利。スタッフは親切。チェックアウトが12時というのも非常にありがたい。穏やかな、いい時間が過ごせる場所なのだ。
16 pl. Delille 63000 Clermont-Ferrand
Tél. : 04.7391.9206 contact@hotelvialatte.com
www.hotelvialatte.com/
L’Aventure Michelin
クレルモン=フェランといえばミシュラン。この「ミシュランの冒険 L’Aventure Michelin」は、その大会社の発祥から今までの歴史をたどるミュージアム。この町の歴史、フランスの産業史はミシュランのそれと切り離しては語れない。自転車の着脱可能ゴムタイヤ発明(1891)に始まり、飛行機初期1908年には「ミシュラン飛行杯」を設け、パリ→ピュイ・ド・ドーム山頂を6時間以内で飛行した人に賞金を出すなど飛行機産業発展にも尽力(飛行機のタイヤは現在でも生産している)。
路面電車「ミシュリーヌ Micheline」(上の写真)もタイヤだけでなく車両も生産し、かつては植民地マダガスカルやクレルモン=フェランなどの町で走らせた。ミシュラン兄弟が自動車レースに参加していた頃の自動車やタイヤなどもある。一般向けの地図から、かの有名なグルメガイド、通称「ギッド・ルージュ Guide Rouge」や、マスコットキャラクター「ビベンドゥム Bibendum」誕生秘話まで。ずっと将来を見据えながら革新を続け、世界的な企業になったミシュランの力が感じられる。
32 Rue du Clos Four 63100 Clermont-Ferrand
7月と8/29の期間は、毎日 10h-19h。そのほかの期間は、金〜日、10h-18h。
https://laventure.michelin.com/
● クレルモン=フェラン観光局
町の中心、ラソンプション大聖堂のすぐ脇にあるヴィクトワール広場に面している。
Clermont Auvergne Tourisme
Pl. de la Victoire 63000 Clermont-Ferrand Tél: 04.7398.6500
www.clermontauvergnetourisme.com
7、8月は毎日10h-13h/14h-19h。9月以降はサイトで確認。
● バルゴワン考古学博物館
Musée Bargoin :
45 rue Ballainvilliers
63000 Clermont-Ferrand
火〜土 : 10h-12h/13h-17h、日:14h-19h
● アンリ・ルコック自然史博物館
Muséum Henri-Lecoq :
15 rue Bardoux 63000 Clermont-Ferrand
5〜9月:月祭休。火-土 10h-12h/14h-18h
日14h-18h。10〜4月は-17h。
Tél.: 04.4376.2560
● レストラン
Avenue*
オーヴェルニュ地方のモダンな料理。カジュアルな店。中庭テラスもあり。昼のセットメニュー19€。
10 rue Massillon 63000 Clermont-Ferrand Tél: 04.7390. 4464
www.restaurant-avenue.fr
Le Bistrot d’à Côté
店は少々シックだが盛りがいい。ひらめきある創作料理。昼は2皿で16€、3皿で17.90€。夜35€。
16 rue des Minimes 63000
Clermont-Ferrand Tél:04.7329.1616
www.restaurant-bistrotdacote.fr