『ペトルーニャに祝福を』
公現祭の日、東方正教会の国々では、司祭が川に投げ込む十字架を拾う者に一年の幸せが約束されるという。2014年、マケドニアの町シュティプでは、この女人禁制の行事で女性が十字架を拾い、騒動に発展した。本作は、この実際の事件に触発された女性監督とプロデューサーにより作られた。「警察・教会・村の男」という三つ巴(みつどもえ)の圧力を受ける三十路女性が主人公だ。
映画の舞台もシュティプ。失業者ペトルーニャは、日中もベッドの中。怠け者なのかニートなのか。母に懇願され、渋々就職の面接に出かけた。帰り道、川辺には人だかりが。十字架投げの行事だ。裸の男たちは一斉に寒水に飛び込み、ペトルーニャも服のまま飛び込む。だが期せずして、幸せの十字架を手にしてしまい…。
無意識の振る舞いや偶発的な小事から始まり、不条理な社会システムと人間のエゴが絡み、やがて大事に至る。イラン人アスガー・ファルハディの『別離』や、レバノン人ジアド・ドゥエイリの『判決、ふたつの希望』にも似た、“雪だるま式災難映画”と呼べそうな緊張感をはらむ作品。
最初は無知な怠け者にしか見えない主人公が、次第に知的な素顔をのぞかせるのもいい。まさにこの知性のおかげで、男たちが仕掛ける罠には簡単にはまらないのだ。親子の関係性にも注目を。子を心理的に支配し成長を妨げる、万国共通の迷惑な「毒親」映画の秀作にもなっている。
監督はマケドニア人テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ。ベルリン映画祭ではエキュメニカル賞(全キリスト教会賞)を受賞。教会に手厳しい映画にも賞を授与する審査員の判断には感心した。ちなみに今年、セルビアで幸せの十字架を拾った女性は、初めて観衆に拍手で迎えられたとか。時代は変わる。(瑞)
2019年8月、劇場公開時に掲載したものを、現在Arteで視聴可能なので再掲載しました。