新型コロナ感染者数のピークは一月末を境に急降下。第47回目のセザール賞授章式は、第六波が落ちついた時期である2月25日に執り行われた。会場は昨年と同じオランピア劇場。結婚披露宴のようなテーブル席に150人だけが集った異例の前回とは一転、今回は1700人の招待客が蜜状態も厭わずに着席。参加者がマスク姿であることを除いては、通常のスタイルにかなり戻った。よく見れば鼻出しマスク人間も多いリラックスムードだ。
2020年の「アデル・エネルの乱」、2021年の「コリンヌ・マシエロ全裸の訴え」など、近年のセザール賞はスキャンダル色が濃かった。これ以上、主役である「映画」以上に周辺の話題ばかりが注目され、結果的に業界内の分断を煽るのは主催者側も望んでいなかったことだろう。
そこで白羽の矢が立ったのが、テレビやラジオの司会や俳優として活躍するアントワーヌ・ドゥ・コーヌ。すでにセザール賞の司会経験も豊富な彼に、「安全運転を守りつつ、良い雰囲気でセレモニーの体面は保つ」という重要ミッションが課せられた。彼は今回で2013年以来ぶり、10回目のセザール賞の司会である。
セレモニーの冒頭、ドゥ・コーヌは世界が心を痛めているウクライナの軍事侵攻に触れながらも、「私たちは着飾って笑うだろう。なぜなら私たちの仕事の本質は、何があっても、たとえ世界が崩れ落ちたとしても仕事を続けることだから」と語り、「ショー・マスト・ゴー・オン」の精神を宣言した。
7部門で受賞!グザヴィエ・ジャノリ監督の傑作『Illusions perdues (仮題)幻滅』
映画の祭典の頂点に立ったのは、15部門でノミネートされ、作品賞や主演男優賞を含む7部門で受賞を果たしたグザヴィエ・ジャノリ監督の『Illusions perdues 幻滅』。19世紀を舞台に、地方都市アングレームからパリに出てきたナイーブな文学青年ルシアンが、野心と理想の間で漂うヒューマンドラマだ。ジャノリが若い時から映画化を夢見てきたバルザック作品が下敷きであるが、予算もかさむコスチューム劇への挑戦は、監督のキャリアを重ねた末にようやく成就できたという。しかし、えげつないメディアの情報戦の裏側まで活写する本作の精神は、驚くほど現代と地続きであり、2021年の現代を生きる私たちにまっすぐに響いてくる。
主演のバンジャマン・ヴォワザンは、フランソワ・オゾン監督の『Summer of 85』で注目された成長株。スター監督のグザヴィエ・ドランが、ルシアンのライバルかつ友人のようなキーパーソンの作家に扮しているが、本作はドランのケベック訛りを廃したナレーションも見どころ(聞きどころ?)の一つ。人生は幻滅から始めることもできる、そんな絶望の後の一筋の希望に胸を焦がされる今年のフランス映画を代表する豊かな一本。日本での公開を切に願っている。
グザヴィエ・ドランは本作で助演男優賞にノミネートされたものの受賞は逃したが、代わりに同作に出演したヴァンサン・ラコストが同賞を受賞した。「この賞はグザヴィエと分かち合います。(セザール賞のトロフィーを)半分に切ってみるよ」と語って笑いを誘った。
さてドランはこの晩、大役も担っていた。第47回セザール賞は、1月にスキー事故のため37歳で急逝した俳優のギャスパー・ウリエルに捧げられていたが、ドランはウリエルの母に宛てた追悼の手紙を壇上から読み上げたのだ。「世界中がギャスパーで泣いたし、今も泣いているんだ」。
ドランは映画『たかが世界の終わり』でウリエルを主演に起用(ウリエルは本作でセザール賞主演男優賞も受賞)した深い間柄。ドランはギャスパーの偉業などを語ることもできたが、それはあえてしないと言った。「そのような賛辞は彼は嫌いだったはず。そうすれば私がエレガンスを欠いてると思うだろう。彼はとてもエレガントな人だったから」と涙ながらに声を絞り出した。
毎年鬼籍に入る映画人たちを、短い時間の中でいかにバランスよく追悼できるのかは難しい問題も孕む。今回のセザール賞のポスターには、9月に亡くなった 大スター、ジャン=ポール・ベルモンドを起用するなど、 “ベベル”へのオマージュはしっかりできた。その一方、ベルトラン・タヴェルニエ監督、ジャン=ジャック・べネックス監督へのオマージュは、その功績のわりには「追悼があまりに軽過ぎる」と批判もあがった。7月に逝去した俳優で監督のジャン=フランソワ・ステヴナンは、ちょうど『Illusions perdues』が最後の出演作となったが、ヴァンサン・ラコストが受賞スピーチ内で、「ステヴナンを思っている。彼と撮影するのは光栄で、大きな幸運でした」と語ったのは救いであった。
「映画がプラットフォームで存在できるなんて幻想だ」
なるべく政治色は介入させず、安全運転を試みた今年のセザール賞。だが、話題となった力強いスピーチもあった。『ONODA 一万夜を越えて』でオリジナル脚本賞を受賞したアルチュール・アラリ監督である。彼は映画業界で足りないのは「勇気」であるとし、プロデューサーを支え、お金を動かし製作の決定権を持つ文化省やテレビ局に対しては、映画をもっと積極的に支えるように訴えた。
「私たちは不誠実な闘いを強いられている。映画がプラットフォーム上で存在できるなんて幻想」であり、「私たちはエモーションを得るためにスーパーマーケットには行かないのだ」と独特の表現で語り、賛同の拍手に包まれていた。
またスピーチの最初には、「もう長らく会ってないけど敬服してやまない」という『ONODA 一万夜を越えて』に出演した日本人俳優たちに向け、日本語で「ありがとうございます。お疲れ様でした」と語りかけた。そしてスピーチの最後には、我がオヴニーでも長年映画記事を書いてきた映画プロデューサーの吉武美知子さんの名前を、「今ここにはもういないけれど、これからも忘れない人」として壇上から口にした。
『ONODA 一万夜を越えて』はカンヌではある視点部門に出品されたが、無冠だったことには筆者も個人的に驚いたものだが、カンヌで見逃したジャーナリストたちも、きっと劇場公開後に作品の素晴らしさを発見したことだろう。冬の賞レースの時期にはルイ・デリュック賞やフランス映画評論家テレビ映画協会賞などいくつもの賞に輝いた。
振り返れば3時間半のセレモニー中は、ちょっとしたハプニング(女性ユーチューバーのお尻を見せるパフォーマンスなど)はあったとはいえ、スキャンダルになるほどの事件は回避できた。何があっても「ショー・マスト・ゴー・オン」で進めると腹を括り、下馬評からはそれほど外れぬ受賞作とともに、驚きには欠けるが安定感は死守できた及第点の年となった。(瑞)
▶︎受賞者が招かれる特別ディナーのメニュー公開!https://ovninavi.com/nuit-cesar2022-diner/
第46回セザール賞授賞結果
作品賞:『Illusions perdues』グザヴィエ・ジャノリ
監督賞:レオス・カラックス(『アネット』)
-主演男優賞:ブノワ・マジメル(『De son vivant』)
-主演女優賞:ヴァレリー・ルメルシエ(『ヴォイス・オブ・ラブ』)
-助演男優賞:ヴァンサン・ラコスト(『Illusions perdues』)
-助演女優賞:アイサトゥ・ディアロ・サグナ(『La Fracture』)
-新人男優賞:バンジャマン・ヴォワザン(『Illusions perdues』)
-新人女優賞:アナマリア・ヴァルトロメイ(『 L’Evénement』)
-脚本賞:アルチュール・アラリ、ヴァンサン・ポワミロ (『ONODA 一万夜を越えて』)
-脚色賞:グザヴィエ・ジャノリ、ジャック・フィエスキ(『Illusions perdues』)
-新人作品賞:『Les Magnétiques』ヴァンサン・マエル・カルドナ
-音楽賞: 「スパークス」のロン・メイル、ラッセル・メイル(『アネット』)
-撮影賞:クリストフ・ボーカルヌ(『Illusions perdues』)
-音響賞:エルウァン・カルザネ、カティア・ブタン、マクソンス・デュセール、ポール・エイマン、トマ・ゴーデ『アネット』
-美術賞:リトン・デュピール=クレマン(『Illusions perdues』)
-衣装デザイン賞:ピエール=ジャン・ラロック(『Illusions perdues』)
-編集賞:ネリー・ケティエ(『アネット』)
-視覚効果賞:ギョーム・ポンダール(『アネット』)
-短編賞:『Les Mauvais Garçons 』エリ・ジラール
-アニメーション賞:『神々の頂上』パトリック・アンベール
-短編アニメーション賞:『Folie douce, folie dure 』マリーヌ・ラクロット
-短編ドキュメンタリー賞:『Maalbeek』イスマエル・ジョフロワ・シャンドゥティ
-ドキュメンタリー賞:『La Panthère des neiges』マリ・アミゲ、ヴァンサン・ミュニエ
-外国映画賞:『ファーザー 』フローリアン・ゼレール
-名誉賞:ケイト・ブランシェット