『あんのこと』はパリの地でも高評価
成熟の年を迎えた18年目のキノタヨ映画祭は、例年以上の盛り上がりを見せ、12月14日に幕を下ろした。今後はパリ・カルチェ・ラタンの名画座 Reflet Médicis(3 rue Champollion 5e)、地方ではリヨン、ストラスブール、カンヌなどの映画館で再上映も控える。映画祭に足を運べなかった人は、これらの上映を狙ってほしい。
観客が選ぶ最高賞「ソレイユ・ドール(金の太陽賞)」は、最後まで『福田村事件』と『瞼の転校生』とが争った挙句、僅差で入江悠監督の『あんのこと』が受賞した。母から虐待を受けた若い女性を描くこの人間ドラマは、これまで国内やベトナムなどアジアで高い評価を受けてきた。すでに帰国していた入江監督は、「映画を通して日本とフランスが繋がることを嬉しく思います」と、動画メッセージを会場に寄せた。
プログラム担当や配給者ら多様な映画人で構成する審査員が選ぶ賞は、大衆演劇の子役の少年が登場する藤田直哉監督の青春ドラマ『瞼の転校生』がグランプリ、昭和初期のジャズピアニストを池松壮亮が演じる冨永昌敬監督の音楽映画『白鍵と黒鍵の間に』が審査員賞を獲得した。
今年の映画祭の主役は、役所広司に尽きるだろう。キノタヨ側の2年越しのラブコールが実っての参加で、5本の主演作『Shall We ダンス?』『孤狼の血』『うなぎ』『Perfect Days』『CURE』で特集上映を組み、名優を迎えた。さらに、コンペには主演作である曽利文彦監督の『八犬伝』、クロージング作品には声優として参加した八鍬新之介監督の『窓ぎわのトットちゃん』もあった。
加えて役所は、特殊メーキャップ・アーティストとして活躍したレイコ・クルック西岡による朗読劇『赤とんぼ』の上映会にも応援に駆けつけ、クルックのエスコートをし、トークにも参加(下の写真)。この朗読劇は、ロバート(ボブ)・ウィルソン、パトリス・シェローら偉大な舞台人と働き、スペクタクル芸術を肌で知るクルック本人による自作自演の作品。長崎県諫早市出身という役所と同郷のクルックが、子ども目線で戦争を描いた自伝的小説が原作である。人間味ある語り口と繊細で味のあるイラスト、作曲家・大島ミチルが指揮するオーケスト演奏が手を結び、戦火を生きた10歳の心象風景をパリの地で豊かに蘇らせた。
役所は陰ながら原作の映画化実現のため、長らく力を貸していたという。残念ながら、原作の映画化実現までは至ってないが、役所は旧知の仲である先輩アーティストによる朗読劇を、「映画を見ている感覚の斬新な作品」と称賛した。
「日本は才能ある人に自由に撮らせるプロデューサーが少ない」
今回、多忙な合間にメディアの合同インタビューを受けた役所に、オヴニーは2問ほど質問する機会を得た。
Q : (役所の師匠である)仲代達矢氏はインタビュー本の中で、「『どうして日本映画は面白くないのか?』と海外で聞かれると、『日本映画だって有能な人はいる。しかし、もう少し時間とお金を与えないといい映画は作れない』と答える」と発言していた。同じ質問をされたらどう答えるか?
役所:「才能がある監督も俳優もたくさんいると思うのですが、自由に作品を撮らせるプロデューサーが少ないと思いますね。やはり大手の会社は会社ですから、ヒットさせないといけない。損失を出しちゃいけないということが、出世にも影響するのかもしれないですけど、能力がある人の足止めになっているのが残念。映画って博打みたいなところがあって、やってみないとわからないと思うんですね。プロデューサーが育つ環境が、日本はちょっと他の国より遅れているし、数が少ないという気がします」
ここで思い出すのが、キノタヨのコンペで上映された意欲作『福田村事件』だ。関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件を扱った作品で、日本でも話題となりヒットを記録。キノタヨでは受賞こそ逃したが、最後まで紙一重の僅差で最高賞を争った。キノタヨでも舞台挨拶に立った森達也監督は、企画に賛同するプロデューサーが見つからず、クラウドファンディングで資金を集めた困難の経緯を語っていた。これも役所の言葉を裏打ちする事例であった。
Q : ご自身の出演作の中で「一般的に知名度はそれほどではないが、もっと注目してほしい愛すべき作品」は?
役所:「『東京原発』(山川元監督 / 2004年)という映画。福島の原発事故が起きるはるか昔の話です。東京都知事が「新宿公園に原発作れ」と大変なことを言い出す。これがまさに福島の事故が起きた時に語られた言葉、線量とかが、この映画にすごく出てきて、同じことの繰り返しみたいになっている。当時から、こういう映画を撮るとテレビで放送できないのはわかっていて、出資する映画会社もほとんどない。非常に低予算でやりました。それ以降、それほど日の目を見てない作品ですが、もう一回見て「ここは違う」とか「ここは素晴らしい」というのを、判断してほしいなと思います」 。
日本映画、そして世界映画の現在地へ
このように映画祭期間中、役所は舞台挨拶にトークに取材に終始引っ張りだこ。だが、稼働は終わらない。閉会式では「ソレイユ・ドール特別賞」の授与が。今村昌平、ヴィム・ヴェンダースに続く三人目の功労賞で、俳優としては初。映画祭共同創設者である片川喜代治名誉会長は、「役所さんがどの映画を選んで出演しているのかを見て、世界は日本映画の現在地をフォローしてきた」と語り、長きにわたって映画界のトップランナーとして走り続ける名優の功績を讃えた。
フランスは昨年のカンヌで男優賞、そしてキノタヨでの功労賞と、役所にエールと祝福を送り続ける。今後は日本映画の現在地はもちろん、世界映画の現在地までも、積極的に背負う存在となるのだろう。(瑞)