シルヴァン・ディオニ(澤田春吟)さん
伝統楽器と呼ばれるものは、演奏者の国籍を問うものだろうか。日本人がヴィオラ・ダ・ガンバを奏で、オペラのアリアを高らかに歌い、オーケストラを指揮する。「日本人」ではない演奏者が、例えば尺八、太鼓、三味線を奏でる姿を見て、わたしたちは何を感じるだろうか。
「クラッシックギターを軸に、ロック、ワールド、ジャズ、どんなジャンルにも興味を持っていました」というシルヴァン・ディオニさん。長らくクラッシックギターの講師として、また演奏家として活動していたが、日本人のミュージシャンと共に演奏を始めてしばらくしてから、三味線の音を聞いたという。それは初代高橋竹山の音楽だった。
「津軽三味線、歌声、特に民謡の世界に完全に魅了されました」。自らこの楽器を奏でるために、まずは日本へ。
「弘前へ行き、様々な出会いの果てに辿り着いたのは澤田流家元、澤田勝春氏でした。先生は津軽出身最後の三味線奏者でありながら、音楽的にも人間的にも、とても寛容です。いわゆる伝え統を盾にした狭窄(きょうさく)な世界ではなく、〈日々更新される伝統〉という思想を持っている人だと思います」。澤田門下となり、年に2、3回日本に滞在し、数年目には名取をとり、「澤田春吟(はるぎん)」となった。
フィルハーモニー・ド・パリ、音楽院でのワークショップ、地方、日本文化の紹介の場など、様々な機会にディオニさんの演奏を聴くことができる。日本ではこの5月の沖縄公演を始めとして、各地で演奏するという。伝統を味方にしつつ、三味線とアコーデオン、クラリネットなどの楽器との共演、そして作曲家石島正博氏による、三味線とクラヴサンの作品などにも挑戦している。
「フランスにおいて三味線という楽器は、音楽の世界では知られていますが、一般的ではありません。なので、まず楽器の説明、構造、種類、そして実演をするワークショップを行っています。音のダイナミックさに驚く方もいますし、三味線の皮の話にも及びます。また、西洋の撥弦(はつげん)楽器では弦をはじくものをplectreと呼びます。三味線の場合、それは「バチ」と呼ばれ、太鼓をたたくバチ(仏語でbaguette)と同じ名前です。要するに、〈はじく〉というよりも、〈叩く〉という感覚に近い、というような話もします」。
シルヴァンさんは長年、病院での演奏を行なっている。ある日訪れた病院では、観客のなかに盲目の女性がいた。演奏後、その女性はこう言ったという。「あなたが奏でる楽器から聞こえてくる音楽、ビタミンたっぷりですね!」。
音楽がある空間には、演奏者の国籍やアイデンティティという観念をやすやすと越えてしまう、個人という存在がある。彼の出自はというと、父親がグアドループ、母親がフランス本土、どちらも国籍でいえば「フランス」ではあるが、彼のアイデンティティには、混血としての多様性が含まれている。そこに日本という新たな音の血が混じり、シルヴァン・ディオニという音楽の世界が生まれた。その音楽世界は彼が奏でる音そのものを通じて伝播し、今、そしてこれからを生きる者たちの人生のある瞬間に存在することだろう。
今後は、「民謡を歌うこともさることながら、津軽民謡の本筋である「唄づけ」(唄に対して即興で応えていく、津軽三味線本来の高度な技術)の修練を積みたい」。そして、師匠と共にフランスで演奏することが夢だという。「多様な音、多様な出自。わたしたちがいるこの世界は様々な要素で構成されています。しかし、ヒューマニティの核となるものは、多様な物事の中にある、一つの真理であると思っています」。
近い将来、師匠である澤田勝春氏とディオニ氏の共演をフランスで聴く機会が訪れることだろう。(麻)